日本は何故、反省しないのか?

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朝鮮を独立させた「日帝」(1)

投稿者: mitsuo_1512 投稿日時: 2002/06/06 08:53 投稿番号: [22880 / 60270]
戦後、コリア(韓国・北朝鮮両国)は、戦前の日本植民地時代 ── いわゆる「日帝36年支配」を事ある毎に引っぱり出して来ました。それに対して日本も、これ又事ある毎に歴代の総理(政権)が「謝罪」を繰り返してきました。しかし、考えてみればある意味でこれは非常におかしな事なのです。なぜなら、コリアは、668年の新羅(シルラ,しらぎ)による朝鮮半島統一から ── 1897年、大韓帝国(旧称・李氏朝鮮)の成立に至る1200年間、実は「独立国」ではなかったからです。こんな事を言うと、コリア人は逆上するかも知れませんが、残念ながらこれは「事実」です。百済(ベグジェ,くだら)、次いで高句麗(コクリョ,こうくり)を滅ぼし朝鮮半島を統一(668年)した新羅は、その過程で東アジアの「超大国」唐の軍事力を利用しました。それが災いして、「戦後」、唐は新羅一国となった朝鮮半島を自らの領土にしようとしたのです。つまり、「新羅をも滅ぼして朝鮮半島を我が領土に」と言う訳です。しかし、新羅の抵抗等によって唐は朝鮮半島の領有(直接統治)を断念せざるを得ませんでした。ただ、その過程で新羅に対して、唐は自らの「属国」になる事を呑ませました。つまり、唐は新羅と言う「属国」を通して朝鮮半島を実効支配(間接統治)する道を選んだのです。こうして、唐に始まる歴代シナ王朝(政権)を「宗主国」と仰ぐ「属国」コリアと言う関係 ── いわゆる「朝貢関係」が成立したのです。

さて、こうして始まった「宗主国」シナと「属国」コリアの関係ですが、これは現代コリア人が考える以上に非常に厳しいものでした。例えば、国王。コリア(新羅・高麗・李朝の歴代王朝)では、たとえ「世子」(皇太子)だったとしても、シナ皇帝の承認がなければ王位を継承する事が出来ませんでした。又、コリア王の地位は、シナ皇帝は元より、朝鮮駐箚(ちゅうさつ)官(シナがコリアに派遣した駐在官で、コリアの政治・軍事全般を監督させた)よりも、「下位」でした。

次に元号(年号)。日本では一般に「大化」に始まった(実際にはもっと起源は古いのだが・・・)日本独自の元号が連綿と現代迄続いていますが、コリアではシナの元号を使わなくてはなりませんでした。と同時に、政治・文化全般においても、シナの「国教」とも言える儒教思想を規範としなくてはなりませんでした。更に、朝貢制度によってコリアはシナに定期的に使節団を派遣、シナ皇帝への忠誠を再確認させられると共に、膨大な貢ぎ物を献上しなくてはなりませんでした。こう言った事が数百年も続くと恐ろしいもので、いつしか「屈辱的」共言える朝貢制度に何らの疑問も持たなくなり、自らを「小中華」と号し、「本家」シナ以上の「中華主義」に徹したのです。そして、シナ(明王朝)が満州族の建てた清朝に征服され、漢民族の「中華」が死滅すると、「中華主義の本家(明王朝)が滅んだ以上、中華主義を厳格に守るのは我々しかいない!!」と言う変な使命感を抱き、ますます「小中華」に徹してしまったのです。そして、時代は激動の19世紀を迎えたのです。
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