日本は何故、反省しないのか?

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朝鮮を独立させた「日帝」(2)

投稿者: mitsuo_1512 投稿日時: 2002/06/06 08:57 投稿番号: [22881 / 60270]
欧米列強による植民地獲得競争の波は、19世紀の中頃ともなると東アジアに迄広がって来たのです。まず、その標的となったのは東アジアの「超大国」清朝でした。阿片戦争(1840-1842)において清朝がイギリスに敗れた事により、「眠れる獅子」がその実、「張り子の虎」である事が白日の下に晒(さら)されてしまったのです。この事件が契機(衝撃)となり、日本は幕末・明治維新と言う難産を経て、近代国家への離陸を果たす事となったのですが、清朝は相も変わらず鈍重な「眠り獅子」を決め込み、その「属国」である李氏朝鮮(以下、「李朝」と略)も時代遅れな「小中華」に浸ったままだったのです。


近代国家へ変貌を遂げた明治日本は、欧米列強による東アジア植民地化を阻止する為、隣国である李朝に「開国維新」を迫りました。つまり、日本と李朝が連携して一足先に近代化を達成し、清朝をも加えて東アジアから欧米列強勢力を駆逐しようと考えたのです。しかし、「小中華」に腰からどっぷりと浸かり、両班(ヤンバン:コリアにおける特権階級貴族)による政治腐敗の極致にあった当時の李朝は、世界情勢 ── 東アジアの植民地化の波が目の前に迫っている事が理解できず、日本との連携を拒絶してしまったのです。これによって日本は「対話」から「砲艦」(軍事的圧力)による問題解決 ── いわゆる「征韓論」へと方針を転換、明治8(1875)年の江華島(カンファド)事件を契機に、翌明治9(1876)年、日朝修好条規を締結し、李朝を「開国」させたのです。
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