しかも
投稿者: zauber_berg 投稿日時: 2002/02/14 00:05 投稿番号: [20403 / 60270]
この文の著者は、『日本書紀』「崇神天皇六十五年条」の
「任那国遣蘇那曷叱知令朝貢也任那者去筑紫国二千余里北阻海以在鶏林之西南」
を引き、これを
「任那国が蘇那曷叱知を送って朝貢した。任那は筑紫国で2千余里落ちていて、北は海で支えて鶏林の西南にある。」
(訳文はOCN翻訳サービスによる)
とし、「筑紫の国から2千余里離れていて来たが海で支えられている(阻まれている?)のは対馬国である」とし、ここから「任那は対馬にあった」としているのです。
しかしこの条は、
「任那国、蘇那曷叱知を遣(まだ)して朝貢(みつぎたてま)らしむ。任那は筑紫国を去ること二千余里、北(きたのかた)、海を阻(へだ)てて、鶏林(しらき)の西南(ひつじさるますみ)に在り。」
と訓み((『日本書紀
上』「新古典文学大系67」、岩波書店、1967)による)、
「任那国が蘇那曷叱知を遣わして朝貢してきた。任那は筑紫国を去ること2千余里、(筑紫国より)北に海を隔て、新羅の西南にある。」
と解釈するのが妥当なのです。
このように、文章解釈に間違いを犯し、また、前述のように史料としての信憑性に全く欠けるものを典拠しているので在れば、この説自体、顧慮するに値しない説となわけですよ。
これを貴方お得意の「捏造・歪曲」とするのは非常に簡単ですけどね。
これは メッセージ 20401 (zauber_berg さん)への返信です.
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