桓壇古記
投稿者: zauber_berg 投稿日時: 2002/02/13 16:31 投稿番号: [20401 / 60270]
私も読みましたけど、これ、『桓壇古記』を基礎史料に据えてますね。
この『桓壇古記』って、1911年に"初めて発見された"ってことになっていて、けど実際には太白教の信者が書いた「奇書」と位置づけられてる(さしづめ、日本で言えば『竹内文書』とか『東日流外三郡誌』程度)はずじゃ……。
この辺の史料批判は韓国・北朝鮮ではどうなってるんでしょ?
いかにご立派な理論を展開しようとも、「偽書」(すくなくともその疑惑は払拭されていない)に基づいているようでは、その信憑性は限りなく0に近い物でしょう。
それから「任那は狭義では対馬上島北岸、広義では対馬・壱岐全島」から始まって、「倭の五王は任那連合の王であって、日本の天皇ではない」と結論するわけですけど、これが絶対に正しいことなんですか?
この文の筆者も「我が国の史学者たちの中でかなり多い数は任那を伽揶地域で、日本府を日本列島倭が伽揶地域を統治するために慶尚道地方に残した官署と主張している。」(Zuber注:「OCN翻訳サービス」
http://www.ocn.ne.jp/translation/)にて訳出」)と書いているように、"韓国の学会内ですら"、支持を得ている説ではないわけですよね?
つまり、真偽が検証または支持を得ていない、「ある一説」程度の文を引っ張ってきて、鬼の首を取ったようにおめでたく「捏造・歪曲」と喜んでるわけですよ、貴方は。
これは メッセージ 20381 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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