日本は何故、反省しないのか?

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揚げ足をとるつもりはありませんが

投稿者: hontokasila 投稿日時: 2002/02/11 10:01 投稿番号: [20275 / 60270]
>弘安の役では大将のモンゴル人がやる気全く無し

  これって第一回元寇、すなわち文永の役のことですよね。

>元寇は蒙古・高麗軍のオ−ガナイズも悪かったような気もするが日本は神風ではないが何かに守られているような気がする。

  日本の勝利はツキばかりではありません。
  中国大陸と陸続きでなかったことは、確かにラッキーな一面もありましたが、反面日本海側の長い海岸線を全て守ることは不可能に近く、北条時宗はどうやって守るか頭を悩ませました。
  船で攻める場合、何万もの軍団がいとも易々と移動することが可能であり、陸上戦と異なり、守るのは極めて難しいのですよ。

  悩んだ北条時宗は宋からの亡命僧無学祖元にアドバイスを求めました。
  無学祖元曰く
  「いろいろ悩んだって仕方がないじゃありませんか、ベストを尽くして天命を待つしかありませんよ。」
  この一言で北条時宗はふっきれ、敵の侵攻の可能性の高い博多を中心に石塁を築くとともに、戦術も、何百年も続けてきた伝統的な従来の一騎打ち戦法を捨て去り、元軍と同様の集団戦法に切り替えました。

  この策は見事に功を奏し、元軍は組織的に石塁から放たれる日本軍の矢ぶすまに射たてられ、上陸すらできなかったのです。

  指揮官の思いっきりの良さと、合理的な作戦が勝因だったと思います。

  今日の研究では、東路軍は疫病で著しく戦力ダウンし、例え暴風雨がなく、江南軍とともに攻めてきても、日本軍の勝利はまず動かなかったであろうと言われています。

  決してラッキーだけで日本軍が勝ったわけではありません。
  その証拠に神風に頼った太平洋戦争では日本軍は惨敗しましたからね。

  弘安の役における日本軍は、個人戦に頼り敗れた文永の役における戦訓を、いち早く生かし、合理的な作戦によって勝つべくして勝ったんだと思います。
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