太閤
投稿者: kessenfrank2 投稿日時: 2002/02/08 10:23 投稿番号: [20151 / 60270]
晩年ぶちきれてた、てのも説得力ありますが、実は国内の諸大名に対する絶対権の見せつけもあったという説もあります。
朝鮮は中華にとって属国に等しい朝貢国、日本は属国度の低い朝貢国ですね。
朝貢はたかりみたいなモンなので日本のほうがうまくたかっていたということでしょうね。
朝鮮にとっては、安保みたいな関係もありましたから、貢物も多く、物資としての受け取りが少なかったのはしょうがないですね。
以前、Kmechanさんに朝鮮はへつらいがうまく、生き残ることができた、朝鮮のしたたかさを誉めたつもりが、なぜか怒られてしまいました...。
朝貢回数は中華帝国からすれば、減らせることができればできるだけ減らしたいと考えていました。船の数も制限していました。ただ、損することを承知でも、中華帝国の面子のためにこのような貿易形体をかえられなかっただけです。
宋でも西夏に臣下の礼をとらせながらも莫大な物品を送っていました。一種の安全保障金として...。金(女真)にも同じようなことをしていました。
中華帝国にとって、中華の貿易形式に如何にあわせるかが重要なことなのです。あわせたほうが利益があげられた国と、あわせなければ存続が危うかった国とでは、同じ朝貢国でもえらい違いです。
これは メッセージ 20150 (bianchi20022002 さん)への返信です.
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