日韓歴史論争

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独立国家なのか一地方領主なのか?

投稿者: bigboy_satan0 投稿日時: 2004/02/28 10:55 投稿番号: [997 / 6952]
>実は朝鮮が出兵を決定する前に明だけでなく、後金からも朝鮮に明のために出兵しないよう莫大な贈り物をしてきた。朝鮮国王の光海君は慎重派だったが、壬申倭乱時の明の恩義に報いるべきだという議論に勝てず、形だけは明のために出兵することにした。

朝鮮はどちらの属国になるかを選んだというより、かつての北朝鮮がソ連と中国を天秤にかけて経済、軍事援助を多く出した方に組みしたように、朝鮮も明と後金を天秤にかけてやったといいたいのか?


>後金軍の総兵力は10500程度だったようです
>後金軍の総兵力は8万人いたが当然各地に分散していた。この数字はこの時戦場に現れたのが1万程度だったというに過ぎない。一方、明の総兵力は10万といっても、中国各地からの寄せ集めで弱兵も多かった。

後金と朝鮮は国境を接しています。戦場にやってきた朝鮮軍が1.3万というだけで、朝鮮の総兵力ももっといたんだろ。


>>火縄が発火せず降伏したなんて変だね。歪曲の臭いがします(著者の)。
>>それに対して朝鮮軍は13000。どうして戦わずして敗北したの?
>実は朝鮮軍は飢えていた。兵糧は自前で、劉挺の明軍には兵糧は届いていたが、朝鮮の兵站部隊は慣れない土地のためか前線部隊に追いつけず、食料が届いていなかったのだ。明軍は少し位なら貸してくれたが、自分たちも飢えるので全部は貸してくれなかった。朝鮮軍は飢えに苦しみながら戦場に向かっていたのだ。
>>サルホ山は鴨緑江から直線距離にして僅かに150キロ程しか離れていません。徹夜すれば3、4日で朝鮮国内に引き返せたのでは?
>甘い考えだ。直線距離で150キロでもそこは敵地だ。出発地へ引き返すとすれば、西の撫順に向かうしかないが、すでに退路は絶たれていた。

兵糧すら用意出来ないんだったら参戦するな。明軍の足でまといもいいとこだ。朝鮮軍は食料を後金に恵んでもらう為に降伏したようなもんじゃないか。
やはり火縄が発火せず降伏したってのは歪曲だったね。


>洞ヶ峠を決め込むことを中国語で坐山観虎というが、関が原ではこの手合いが多かった。南宮山に陣取った小早川秀秋は徳川に内奥を約束しながら、緒戦の西軍優勢を見て、また迷い動かなかった。痺れを切らした家康が威嚇射撃を加えると驚いてやっと東軍に寝返ったものである。強い方に付こうというのは日本人も同じ。
サルフの戦いにおける朝鮮軍は寝返って明軍を攻撃するほど背信行為をしたわけではない。敗北が明らかになれば降伏するのは古今東西正常な軍事行為だ。

小早川にしろ島津にしろ豊臣方の配下(日本)の一地方領主にすぎません。それに対して朝鮮の場合国家だったのでは?朝鮮が小早川や島津と同じことをしているということは、朝鮮が明帝国内の一地方領主にすぎないということになります。
何故、他国同士(明、後金)の戦争にいやいや借り出されなければならなかったのか?朝鮮が独立国家で出兵がいやなら参戦を断れば済むことです。何故参戦を拒否できなかったのかといえば、朝鮮が独立国家というよりも明帝国内の一地方領主的性格が強かったからでしょう。
東アジアには明があり日本がある。後金は両者の間に割り込んだ。しかし朝鮮半島の集団は、元の一部になったり、明の一部になったり、後金(清)の一部になったり、日本の一部になったりという具合に独立国家というよりは、常に周辺の強国の一地方領主だったわけです。
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