>姜弘立
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/02/28 09:19 投稿番号: [996 / 6952]
韓国サイトで見る限り、客観的な評価で、とくに非難するものはないようです。
http://kr.encycl.yahoo.com/final.html?id=5926この年(1618年)明国が後金を撃つために朝鮮に援兵を求めた.ここに朝鮮朝廷は新興の後金が恐ろしかったが,明国が壬辰の乱の時援軍を送った事実のため仕方なく姜弘立を五道都元帥にして1万3,000人の軍事を与えて出征するようにした.
しかし朝鮮と明国の連合軍は富車で大敗し,姜弘立は朝鮮軍の出兵がやむを得なくて成り立った事実を敵陣に通告した後軍士を導いて後金に降伏した.これは現地での形勢を見て向背を決めなさいという光海君の密命によるもののだった.投降した翌年である1620年後金に抑留された朝鮮捕虜たちは釈放されて帰国したが,姜弘立は副元帥・金景瑞など10余名と一緒にずっと抑留された.
1627年(仁祖5年)丁卯胡乱の時後金軍の先導として入国して江華で和議を周旋した後国内に留まるようになったが,逆臣として退けられ、官職を削奪されてから死んだ後復官した.
これは メッセージ 995 (qitiandashen03 さん)への返信です.
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