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土地調査事業

投稿者: totalx3 投稿日時: 2004/02/14 16:39 投稿番号: [881 / 6952]
趙錫坤『収奪論の近代化論を超えて−植民地時代の再認識』

韓国語原文
http://japanese.joins.com/transboard/kor_bbs/content.html?tname=history&num=26223&page=1&startpage=1&oDest=num&sc=desc

日本語翻訳
http://japanese.joins.com/transboard/jp_bbs/content.html?tname=history&num=33971&page=1&startpage=1&oDest=num&sc=desc

(前略)1980年前後から、一部外国人研究者たちによって、「収奪論」に対する疑問が提起されるようになった。宮島博史は、土地調査事業による民有地確定の側面がもっと強調されなければならないことを主張した(宮嶋博史1978)。Gragertは、土地調査事業を通じた収奪はなかったし、良案(?)と土地台帳の分析から両者が示す土地所有類型に明らかな連続性があると主張した。(Gragert1994、原論文は1982年に著述)(略)

  一番に批判の対象になったのは、申告主義を通じた土地略奪の可能性だった。 趙錫坤(1986)と?英淳(1988)は、金海の土地申告書を分析して、土地申告過程で既存の土地所有関係を無視した土地略奪が起った可能性はほとんど無いことを指摘した。土地調査事業の結果創出された国有地も、全体対象面積490万余町歩の2.6%に過ぎない水準だった。また紛争地の処理過程も、後述するが、国家に一方的に得なものではなかった。(略)

チョ・ジョンレの小説『アリラン』1、2部の主要な素材は土地調査事業であるが、チョ・ジョンレの土地調査事業に関する認識は、やはり「収奪論」に基づくものであった。いや、彼は   さらに一歩進めて、土地調査事業を妨げた者は裁判も無しに死刑という   即決処分を受けたように描写しており、土地調査事業が完了した結果、朝鮮総督府は朝鮮の土地の45%を占める最大地主になったとしている(『アリラン』第6巻69面)。

45%という謎の数値が登場した背景は置くとしても、面単位の駐在所長が、地主総代に暴行を加えたという理由だけで、その暴行を加えた農民を裁判も無しに死刑にすることができるという想像力に、呆れかえるだけだ。もちろん、その想像力の裏面には、片手にはピストルを、もう一方の手には測量器を持って(シン・ヨンハ 1982, 109面)土地調査を進めたと描写する収奪論者の主張が刻印されているに違いない。 (略)

これらの推論は事実に反している。

①まず、無申告地について。

申告期間が過ぎても、申告が妥当だと認められれば、土地申告書は受理された。無申告地は、別途行われた調査で地主が判明すれば申告を勧誘し、申告の意思がないことが確認された場合に無申告地として処理された。無申告地は9、335筆で、全体2千万余筆の0・05%に過ぎなかった。
  無申告地は、わずかだったとはいえ、国有地に編入されたのは事実だ。しかし、ある事例研究によれば、無申告地は墳墓地、雑種地が大部分で、性格上、本当に持ち主が不明だった可能性が高い。したがって、無申告地の存在だけでは、土地略奪の証拠にはならない。

②次に、土地申告書の不正によって土地所有権を奪うことができかどうか。

  申告書は地主本人が作成するのが原則だが、申告書を調べると、その筆跡から、地主総代など何人かの、文字がわかる人々によって代理作成されたことがわかる。しかし、この代理作成過程で、地主総代が恣意的に土地所有者を変えることは不可能だった。
  総督府は土地申告の正確を期し、申告漏れを防ぐため、1910年に作成された課税台帳を土地申告書の基礎とした。課税台帳は1910年から実際の課税に利用されていた帳簿であり、土地申告書が実際の土地所有状況から外れて作成される可能性はほとんどない。(後略)
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