日韓歴史論争

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Re: 天武天皇は淵蓋蘇文(泉蓋蘇文)

投稿者: kurogoro1960 投稿日時: 2010/07/19 19:26 投稿番号: [5766 / 6952]
天智は百済系?
藤原は百済系?
天武は新羅系と思っていたが高句麗系ってこと!?
複雑でやっかいだね・・・

引用
http://www.ne.jp/asahi/davinci/code/history/japan/index6.html
残虐非道な藤原氏の政治手法
藤原氏のルーツは、あの大化の改新で登場した藤原鎌足である。

藤原鎌足は百済出身で豊璋(百済王子)だが、百済から豊璋を呼び寄せた家臣の鬼室福信を勝手に謀反の疑いをかけて、その掌を穿って革紐で縛った上で殺しその首を塩漬け(酸し)にした超極悪人である。

この豊璋(藤原鎌足)の残虐な性格が、そのまま藤原氏の伝統的な政治手法となった。まあ、日本人は残虐な百済人(藤原氏)にテロ手法で乗っ取られた訳である。

蘇我倉山田石川麻呂と遠智姫の悲劇
さらに豊璋(藤原鎌足)は、蘇我倉山田石川麻呂を無実の讒言で自殺させた上で、その首を塩漬け(酸し)にして石川麻呂の娘の遠智姫に見せたらしい。父の首の塩漬けを見た遠智姫は発狂して死んだ。

遠智姫は中大兄皇子の妻であったが、どうも中大兄皇子は妻の発狂を楽しんでいたらしい。豊璋(藤原鎌足)と中大兄皇子の実像は、このような猟奇的な犯罪者だった。

日本書記が隠蔽する豊璋(藤原鎌足)と中大兄皇子の猟奇的な犯罪
日本書記は、豊璋(藤原鎌足)の末裔である藤原不比等が編集したので、このような自分達の犯罪を隠蔽し、正当な豪族であった蘇我氏の功績を隠すために書かれた。

古事記では、蘇我氏の祖先は「武内宿禰」としているが、日本書記は、これを徹底的に無視している。

「武内宿禰」は、「神功皇后」の三韓征伐を助けた人物として昔は有名人であり、お札の肖像にもなった。「武内宿禰」の息子の蘇我石川宿禰が蘇我氏の系統になった。

「武内宿禰」は地方を転々としたので、地方の風土記への記述や神社の祭神としても有名だが、「事代主神(ことしろぬしのかみ)」とか「えびすさん」と言う名前が一般的である。

日本書記は豊璋(藤原鎌足)と中大兄皇子の猟奇的な犯罪を隠蔽した上で、蘇我氏を悪人扱いをして蘇我氏の先祖の武内宿禰と神功皇后を隠蔽しようとした。
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