Re: 朝鮮の針と車
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2010/06/25 17:33 投稿番号: [5665 / 6952]
>針子と修理屋もしくは担ぎ屋じゃないですか?
漢文に於いて「針」に「針子」の意味は有りませんし、尚衣院には「入絲匠」ってのがいますので、針子ならそっちでしょう。
また、『正祖実録』正祖7年(西暦1783年・乾隆48年)7月18日条には以下の報告があります。
臣嘗宦游諸路亦見國中多用車之處嶺南之安東義城海西之長淵信川,關北之咸興以南六鎭諸邑皆用一兩牛之車運穀載柴往來數百里之間而制樣粗鈍不能行遠專由於未得其法而亦可見車無不可行之理也。(中略)先令諸軍門及兩西監兵營義州等處送付車工於燕使摸來諸車之制各造幾輛。
これによると、各村に一台程度の牛車があり、それらは造りがボロっちくて性能も悪いので、地方庁や軍隊から車職人(車工)を派遣して、規格(諸車之制)にあった車を作らせましょう、とあります。
また、18世紀後半の実学者が「清の車を研究して普及させねば」といっておりますし、ゆえに、政府では車を作る技術と規格があるが、おっしゃるように民間ではいいものが広く普及していたというわけではなさそうですね。
これは メッセージ 5660 (doronpa95 さん)への返信です.
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