論争ではありませんが
投稿者: azuminox 投稿日時: 2010/05/18 17:13 投稿番号: [5586 / 6952]
昨年から放送していたNHK「日本と朝鮮半島2000年」興味深かったですね。
また、私自身、どのように今の日本人が形成されたかということに興味あり、
遺伝子に関する本を読んだりして思いをめぐらせています。
そこで、今まで読んだ本とか情報からまとまめると。
今の朝鮮半島の人々と日本人は勿論民族は違うし、儒教と仏教という
文化的な違いもあるのですが、DNA的にはいくつかのほぼ共通因子を
もっていて、違うのはその配合比だけだと思えることです。
だからほぼ日本人と同じ人種であって、考え方は違う程度のことなので、
仲良くやっていければと思います。
また、朝鮮半島は絶えず日本(倭)、モンゴル、中国(漢民族)に圧迫され、
とても不幸な歴史を刻んでいます。
この点は地理的なこととは言え、同情します。
さて、話をもう少し進めると、
縄文末期、弥生初期は韓半島南部と日本全体にはほぼ同じ人々が暮らしていました。
この人々の大半はその後の民族大移動で日本に移り住んでくることになります。
一部は混血したものと思います。
この人々は最後まで任那に残っていた人々です。
当然ながらその昔は国という概念は無く、部落を形成してゆるい共同体をつくっていたのでしょう。
ですからモンゴル系騎馬民族が南下してくるとひとたまりもありません。
またその後に形成された三韓の争いには中国も加担したので、
中国人も交配しているのでしょう。
そもそも韓半島は中国で騒乱があると人々が逃げ込む場所であって、
モンゴル系以外にも様々な人々が一時的に住んだと言われています。
そしてその大半は最後は日本に逃れたのでしょう。
日本は島国であり、理想の亡命先、土地だったようです。
ところで、前記し韓半島に住んでいた倭人の後にモンゴル系の
人々(騎馬民族)も日本に移入するのですが、
私はこれらの人々が日本に移動してくるに際して、
九州北部経由だと思っていたのですが、
遺伝子、特に酒の飲めない突然変異遺伝子を調べると
九州にはあまり無いことから、この考えは違うようです。
つまり、百済や新羅から日本海を渡って、山陰や北陸に
ダイレクトに亡命してきたようです。
これらの人々が大和朝廷の中枢を握り、その後の日本を
牛耳ることになります。特に有名なのは藤原一族ですね。
今の天皇の長い歴史の中で、ほぼDNA的には元朝鮮系になっていましょう。
余談ですが、名前に「部」がつく人々は縄文系(原日本人)らしいです。
物部氏は縄文系、きっと目鼻立ちのはっきりした人々だったのでしょう。
モンゴル系の強い渡来民は大阪、滋賀などに多く移り住みました。
それで大阪(関西)人と朝鮮人の気質的な類似性もあるのでしょう。
少し話が発散し、とりとめの無いことを書きましたが、
人種的には極め近い両国の人々です。
この両国がうまくやっていけないのは歴史的な様々な問題もありますが、
あと儒教というやっかいな思想の違いも大きいと思われます。
中国は儒教+中華思想という、もっとやっかいな相手ですが・・・
また、私自身、どのように今の日本人が形成されたかということに興味あり、
遺伝子に関する本を読んだりして思いをめぐらせています。
そこで、今まで読んだ本とか情報からまとまめると。
今の朝鮮半島の人々と日本人は勿論民族は違うし、儒教と仏教という
文化的な違いもあるのですが、DNA的にはいくつかのほぼ共通因子を
もっていて、違うのはその配合比だけだと思えることです。
だからほぼ日本人と同じ人種であって、考え方は違う程度のことなので、
仲良くやっていければと思います。
また、朝鮮半島は絶えず日本(倭)、モンゴル、中国(漢民族)に圧迫され、
とても不幸な歴史を刻んでいます。
この点は地理的なこととは言え、同情します。
さて、話をもう少し進めると、
縄文末期、弥生初期は韓半島南部と日本全体にはほぼ同じ人々が暮らしていました。
この人々の大半はその後の民族大移動で日本に移り住んでくることになります。
一部は混血したものと思います。
この人々は最後まで任那に残っていた人々です。
当然ながらその昔は国という概念は無く、部落を形成してゆるい共同体をつくっていたのでしょう。
ですからモンゴル系騎馬民族が南下してくるとひとたまりもありません。
またその後に形成された三韓の争いには中国も加担したので、
中国人も交配しているのでしょう。
そもそも韓半島は中国で騒乱があると人々が逃げ込む場所であって、
モンゴル系以外にも様々な人々が一時的に住んだと言われています。
そしてその大半は最後は日本に逃れたのでしょう。
日本は島国であり、理想の亡命先、土地だったようです。
ところで、前記し韓半島に住んでいた倭人の後にモンゴル系の
人々(騎馬民族)も日本に移入するのですが、
私はこれらの人々が日本に移動してくるに際して、
九州北部経由だと思っていたのですが、
遺伝子、特に酒の飲めない突然変異遺伝子を調べると
九州にはあまり無いことから、この考えは違うようです。
つまり、百済や新羅から日本海を渡って、山陰や北陸に
ダイレクトに亡命してきたようです。
これらの人々が大和朝廷の中枢を握り、その後の日本を
牛耳ることになります。特に有名なのは藤原一族ですね。
今の天皇の長い歴史の中で、ほぼDNA的には元朝鮮系になっていましょう。
余談ですが、名前に「部」がつく人々は縄文系(原日本人)らしいです。
物部氏は縄文系、きっと目鼻立ちのはっきりした人々だったのでしょう。
モンゴル系の強い渡来民は大阪、滋賀などに多く移り住みました。
それで大阪(関西)人と朝鮮人の気質的な類似性もあるのでしょう。
少し話が発散し、とりとめの無いことを書きましたが、
人種的には極め近い両国の人々です。
この両国がうまくやっていけないのは歴史的な様々な問題もありますが、
あと儒教というやっかいな思想の違いも大きいと思われます。
中国は儒教+中華思想という、もっとやっかいな相手ですが・・・
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