日韓歴史論争

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2、日帝時代も明るかった?

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2010/03/29 23:36 投稿番号: [5531 / 6952]
番組は『独立軍歌』という、洋モノに韓国語の歌詞をつけた古い民族的抵抗歌謡から始まった。番組では戦前の演歌モノを中心に二十数曲が登場した。その中に乙女心を軽妙に歌った『私は17歳』があり、新発見だった。

  よく知られた歌だが、発売・ヒットが日本統治時代後半の38(昭和13)年だったのだ。

  時代としては大陸で支那事変(日中戦争)が拡大し、日本は国家総動員法で戦時体制が強まりつつあった。“内地”といわれた日本本土ではこの年、『愛国行進曲』や『日の丸行進曲』が発表され、東海林太郎の『麦と兵隊』や渡辺はま子の『支那の夜』、淡谷のり子の『雨のブルース』がヒットしている。

  韓国人の作詞・作曲である『私は17歳』はもちろん韓国語(朝鮮語)だが、周りの韓国人たちに聞くと、その歌のムードからみんな戦後(解放後)の歌と思っていたという。

  ♪私の胸はドキドキ

   教えてあげるわ17歳なの

   青い鳥夢見る柳の下

   こっそりおいでなさいな

   …

  歌詞も曲も実に明るく軽快なのだ。「暗鬱(あんうつ)な日帝(日本帝国主義)時代の抑圧の下…」などという、肩に力の入った番組司会者のナレーションがどこか浮いた感じだった。

  だからといってあの時代が「いい時代だった」ということにはならないだろう。ただ韓国人たちだって明るい歌も歌っていたのだ。後世の人たちが想像するように、人間や歴史や時代がある色で一色だったということは、必ずしもないのだ。(ソウル   黒田勝弘)
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