日韓歴史論争

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倭人と稲作

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/10/03 20:58 投稿番号: [4918 / 6952]
>寒冷期に長江下流の東シナ海の一部が陸地化され、そこで展開されていた原始稲作文化(照葉樹林文化の中での稲作文化)が、温暖化による海面上昇に追い立てられて、それを担った農耕民共々日本や朝鮮南部に伝播したらしいですね。

前5000年を境に気温は急下降します。1000年の間、気候の変化が激しく厳しい時代になります。日本は集落が急に大きくなります。気候が悪くなってからの人口増加は半島や長江から移民が来た事を意味するのでしょうか。

興味深いのはある集落ではすぐ隣に明らかに風習の違う種族が一緒に暮らしていた跡があるそうで、交易の仲間か、遠い親戚がやってきたと思ったのか、はたまた混血の方が丈夫な子供が生まれることを知っていたのか、もともと温厚な性格で他民族を排除しなかったのか、多くの貢物に目が眩んだか・・・。
いづれにせよ縄文中期の人々の暮らしは大きく変化します。その変化は大陸から移民によってもたらされたものかもしれません。

漆や鵜飼、抜歯の風習が見られます。石棒や土偶など呪物が出土し、神の存在や宗教意識が芽生えます。
この末期に朝鮮半島に檀君神話が伝わったとされます。
日本も自然崇拝から神話に移行します。

このとき長江から来た難民達が水田稲作を伝えたはずですが、移民の数が多くなかったのでしょうか、日本の縄文人に同化してゆきます。
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