Re: 倭人と稲作
投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/10/03 21:59 投稿番号: [4919 / 6952]
縄文後期、前4000年頃からDNAが突然変異を起こしたのではと思う変化が起きてきます。
宗教儀礼が活発になり拡大して服装が装飾的になります。儀礼の対象は太陽や巨石や巨木です。
製塩専業や土器専業集団ができ、交易目的の漁労が始まり私有物に貧富ができて格差社会の存在が表れてきます。
夏の帝王が治水工事に成功して長江が再び復活しますが、日本の縄文後期から晩期にかけては気温がさらに急降下して、それに伴い騎馬民族の南下拡大が起きます。
半島は青銅器と無紋土器の時代に入り、水田稲作も伝わったようです。
でも日本には伝わりませんでした。いや伝わっていたのかもしれません。その辺あいまいでもう少し調べないといけないです。
日本に伝わらなかったのは気温が急降下した時期で水田耕作は失敗だったのかもしれません。
春秋時代に外洋黄海の記録があってその時に稲作は直接日本にも伝わったのではないかとの説もあります。
興味深いのは気温の変化を調べてみると、大陸では急下降してしばらくすると我慢の限界の時期に内乱が起きています。半島はその煽りを受けています。その影響は日本にも伝わり難民となって入ってきた人達による内乱です。大量の難民移民は必ず戦争に結びついています。
極東アジアは一体となって歴史を踏破していたみたいです。
これは メッセージ 4918 (higanbana26 さん)への返信です.
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