Re: 日本寺院の「ハングル碑石」
投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2007/06/17 01:17 投稿番号: [3902 / 6952]
朝鮮の役当時の千葉の館山の領主は里見義康は名護屋まではいてますが渡海はしてません。この碑がたてられた1624年に里見忠義は大久保忠隣の失脚に連座して改易され1622年に伯耆国倉吉でなくなっています。なんとなくこの碑は里見氏恩顧の人が旧主の追悼に建てたような感じがします。
朝鮮の役なんてのは千葉からみるとはるかかなたの戦なんでそんなところで朝鮮人戦没者を弔うなんてヒラリーかオバマがイラクゲリラのためにミサやるってようなんもんです。
また朝鮮通信使と接触があったとしても通信使でくるようなエライひとがそんな下卑たもんを書いて日本人に見せたとは思われません。外交文書以下日常の私記録も漢文で書いていて「ウリのほうが倭人よりずーっと文章はうまいぞえホルホル」ってやってのです。
もうひとつ、南無阿弥陀仏って昔だったら「南無阿彌陀佛」なんですがどこが日本式漢字なんだろう。
これは メッセージ 3897 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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