ウリナラは文化宗主国ニダ♪
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/04/01 22:14 投稿番号: [3692 / 6952]
by犬屑(笑)
>発見された遺物はこれだけではなかった。1つに固まった紙の塊と何かを絹に包んだものも発見された。しかし、当時の文化財保存技術では、1200年前の古紙に手を触れることはできなかった。比較的状態が良好な陀羅尼経ですら、日本の専門家に保存処理を依頼しなければならなかった。
オイ!!!!!!!!
これも「困った時のイルボン頼み」かえ??????
なんだ日頃の「ウリナラ起源」のヨタこきまくりの勢いは、どこに行った?????(爆)
>技術が不足していた時期は仕方がなかったとしても、ここ10年間の国立中央博物館の振る舞いは理解しがたい。マスコミに事実が知られたので、しぶしぶ調査を行うかのような消極的な姿勢を見せているのだ。最も重要な重修記の内容についても、1年半以上解釈をせず放置したままだ。事なかれ主義がはびこる官僚体質が文化財管理にまで浸透したのだろうか。
それも多分にあるだろうし、もう一つ、その文書が、科学的調査の結果実は高麗時代のものだと判明しちゃったら、「世界最古」の夢が崩れて、イルボンにあるお経が世界最古の木版印刷物ってなっちゃうからかもヨ。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
記事入力 : 2007/04/01 10:20:18
【萬物相】仏国寺釈迦塔の秘密
1966年9月、仏国寺の泛影楼の補修工事をしていた現場監督が釈迦塔の前を通った際、3カ所にひびが入っているのを発見した。仏国寺側は地震が原因と発表したが、文化財委員らが調査したところ、盗掘犯の仕業であることが判明した。
その後、盗掘犯の一味は直ちに逮捕され、釈迦塔は解体修理されることになった。新羅・景徳王10年(751年)の仏国寺創建とほぼ同時期に建てられた釈迦塔は、このようにしてその内部が世に知られることになった。
1カ月後、釈迦塔が解体され、2層目の中から金銅製の舎利函と香木、曲玉などが発見された。特に舎利函から発見された「無垢浄光大陀羅尼経」が注目を集めた。縦8センチ、横620センチの韓紙(朝鮮紙)の巻物に印刷されたこの経典は、唐の則天武后代(690-704年)にのみ使用された特殊な字体で書かれていた。そのため、8世紀初めに製作された世界最古の木版印刷物であることが判明した。
発見された遺物はこれだけではなかった。1つに固まった紙の塊と何かを絹に包んだものも発見された。しかし、当時の文化財保存技術では、1200年前の古紙に手を触れることはできなかった。比較的状態が良好な陀羅尼経ですら、日本の専門家に保存処理を依頼しなければならなかった。そのため、この紙の塊に対しては、1枚1枚分離し、温度・湿度を最適な状態に保つ応急措置が97年になってようやく取られただけだった。一方、絹に包まれた物体も、X線で撮影し、中身が紙であるということだけを確認するだけにとどまった。
2005年、この紙の塊の中に「釈迦塔重修記」が存在するという事実が判明した。11世紀初めに釈迦塔の大修理が行われていたことが明らかになると、釈迦塔遺物の製作時期に関心が集中した。この重修記の内容が最近判読され、陀羅尼経は新羅代ではなく、高麗初期に製作されたものと主張する声も上がった。つまり、「世界最古の木版印刷物」ではなくなる可能性もあるということだ。
その後、「陀羅尼経2点を塔の中に納めた」という記述の解釈をめぐり、激論が交わされた。また、ある専門家は「絹に包まれた物体がもう1つの陀羅尼経である可能性もある」と主張しており、釈迦塔遺物に対する関心は一層高まっている。
このあらゆる疑問を解決する責任は、釈迦塔遺物を40年間管理してきた国立中央博物館にある。技術が不足していた時期は仕方がなかったとしても、ここ10年間の国立中央博物館の振る舞いは理解しがたい。マスコミに事実が知られたので、しぶしぶ調査を行うかのような消極的な姿勢を見せているのだ。最も重要な重修記の内容についても、1年半以上解釈をせず放置したままだ。事なかれ主義がはびこる官僚体質が文化財管理にまで浸透したのだろうか。
李先敏(イ・ソンミン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
>発見された遺物はこれだけではなかった。1つに固まった紙の塊と何かを絹に包んだものも発見された。しかし、当時の文化財保存技術では、1200年前の古紙に手を触れることはできなかった。比較的状態が良好な陀羅尼経ですら、日本の専門家に保存処理を依頼しなければならなかった。
オイ!!!!!!!!
これも「困った時のイルボン頼み」かえ??????
なんだ日頃の「ウリナラ起源」のヨタこきまくりの勢いは、どこに行った?????(爆)
>技術が不足していた時期は仕方がなかったとしても、ここ10年間の国立中央博物館の振る舞いは理解しがたい。マスコミに事実が知られたので、しぶしぶ調査を行うかのような消極的な姿勢を見せているのだ。最も重要な重修記の内容についても、1年半以上解釈をせず放置したままだ。事なかれ主義がはびこる官僚体質が文化財管理にまで浸透したのだろうか。
それも多分にあるだろうし、もう一つ、その文書が、科学的調査の結果実は高麗時代のものだと判明しちゃったら、「世界最古」の夢が崩れて、イルボンにあるお経が世界最古の木版印刷物ってなっちゃうからかもヨ。(笑)
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記事入力 : 2007/04/01 10:20:18
【萬物相】仏国寺釈迦塔の秘密
1966年9月、仏国寺の泛影楼の補修工事をしていた現場監督が釈迦塔の前を通った際、3カ所にひびが入っているのを発見した。仏国寺側は地震が原因と発表したが、文化財委員らが調査したところ、盗掘犯の仕業であることが判明した。
その後、盗掘犯の一味は直ちに逮捕され、釈迦塔は解体修理されることになった。新羅・景徳王10年(751年)の仏国寺創建とほぼ同時期に建てられた釈迦塔は、このようにしてその内部が世に知られることになった。
1カ月後、釈迦塔が解体され、2層目の中から金銅製の舎利函と香木、曲玉などが発見された。特に舎利函から発見された「無垢浄光大陀羅尼経」が注目を集めた。縦8センチ、横620センチの韓紙(朝鮮紙)の巻物に印刷されたこの経典は、唐の則天武后代(690-704年)にのみ使用された特殊な字体で書かれていた。そのため、8世紀初めに製作された世界最古の木版印刷物であることが判明した。
発見された遺物はこれだけではなかった。1つに固まった紙の塊と何かを絹に包んだものも発見された。しかし、当時の文化財保存技術では、1200年前の古紙に手を触れることはできなかった。比較的状態が良好な陀羅尼経ですら、日本の専門家に保存処理を依頼しなければならなかった。そのため、この紙の塊に対しては、1枚1枚分離し、温度・湿度を最適な状態に保つ応急措置が97年になってようやく取られただけだった。一方、絹に包まれた物体も、X線で撮影し、中身が紙であるということだけを確認するだけにとどまった。
2005年、この紙の塊の中に「釈迦塔重修記」が存在するという事実が判明した。11世紀初めに釈迦塔の大修理が行われていたことが明らかになると、釈迦塔遺物の製作時期に関心が集中した。この重修記の内容が最近判読され、陀羅尼経は新羅代ではなく、高麗初期に製作されたものと主張する声も上がった。つまり、「世界最古の木版印刷物」ではなくなる可能性もあるということだ。
その後、「陀羅尼経2点を塔の中に納めた」という記述の解釈をめぐり、激論が交わされた。また、ある専門家は「絹に包まれた物体がもう1つの陀羅尼経である可能性もある」と主張しており、釈迦塔遺物に対する関心は一層高まっている。
このあらゆる疑問を解決する責任は、釈迦塔遺物を40年間管理してきた国立中央博物館にある。技術が不足していた時期は仕方がなかったとしても、ここ10年間の国立中央博物館の振る舞いは理解しがたい。マスコミに事実が知られたので、しぶしぶ調査を行うかのような消極的な姿勢を見せているのだ。最も重要な重修記の内容についても、1年半以上解釈をせず放置したままだ。事なかれ主義がはびこる官僚体質が文化財管理にまで浸透したのだろうか。
李先敏(イ・ソンミン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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