高句麗出身の英雄ニダ!
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/04/01 16:29 投稿番号: [3691 / 6952]
「斎」は「斉」の誤記ね。
>これまで学界では、李正己一族を単なる藩鎮勢力(半独立の様相を呈した節度使。唐後期に地方で横行し、中央の権威を弱体化した)の1つとみなしてきた。しかし、著者は「斎は唐に税金を納めず、官僚の任命も拒否するなど、長期間にわたり軍事的に対立した自主的な独立国だった」と評価を一変させた。
いや、租税貢納・官僚任命の拒否なんてのは、どこの藩鎮でもやってることだって。(苦笑)
>こうした著者の主張が成立するならば、韓国史だけでなく、中国史の体系全体に変化をおよぼす歴史解釈の大転換となる。つまり唐後期は、これまでの解釈のような「弱体化した統一帝国の時代」ではなく、「数多くの独立国に分裂した時代」になるのだ。そのため、「斎独立国説」が定説となる上で越えるべき壁は高いと思われる。
記者も「斉独立国説」には懐疑的なんだな。もって回った表現で婉曲に「越えるべき壁の高さ」を指摘しているし。
・・・・・・・
高句麗人が建国した「忘れられた王国」
【新刊】池培善(チ・ベソン)著『中国の中の高句麗王国、斎』(トブルオチェク)
李正己(イ・ジョンギ)という歴史人物の名前が本格的に知られるようになったのは、東洋中世史学者(延世大教授)である著者の果たした役割が大きい。
著者の研究結果によれば、高句麗滅亡以後、中国に連行された高句麗人の末裔(まつえい)・李正己とその子孫らは、4代55年(765〜819年)にわたり山東地方に斎を打ち立て、15の州を治めた。斎は新羅よりも広い領土を占め、強大な経済力で唐に対抗し、一時期は洛陽を攻略して天下に覇を唱えることも狙っていたという。
この本は、その「忘れられた王国」の通史にあたる。
著者は「唐が“凶悪な高句麗の連中”と呼んだことから、逆に斎の支配層が持っていた高句麗人としてのアイデンティティーを読み取ることができる」と説明した。これまで学界では、李正己一族を単なる藩鎮勢力(半独立の様相を呈した節度使。唐後期に地方で横行し、中央の権威を弱体化した)の1つとみなしてきた。しかし、著者は「斎は唐に税金を納めず、官僚の任命も拒否するなど、長期間にわたり軍事的に対立した自主的な独立国だった」と評価を一変させた。
こうした著者の主張が成立するならば、韓国史だけでなく、中国史の体系全体に変化をおよぼす歴史解釈の大転換となる。つまり唐後期は、これまでの解釈のような「弱体化した統一帝国の時代」ではなく、「数多くの独立国に分裂した時代」になるのだ。そのため、「斎独立国説」が定説となる上で越えるべき壁は高いと思われる。
ユ・ソクジェ記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://www.chosunonline.com/app/ArticleView.do?id=20070401000000
>これまで学界では、李正己一族を単なる藩鎮勢力(半独立の様相を呈した節度使。唐後期に地方で横行し、中央の権威を弱体化した)の1つとみなしてきた。しかし、著者は「斎は唐に税金を納めず、官僚の任命も拒否するなど、長期間にわたり軍事的に対立した自主的な独立国だった」と評価を一変させた。
いや、租税貢納・官僚任命の拒否なんてのは、どこの藩鎮でもやってることだって。(苦笑)
>こうした著者の主張が成立するならば、韓国史だけでなく、中国史の体系全体に変化をおよぼす歴史解釈の大転換となる。つまり唐後期は、これまでの解釈のような「弱体化した統一帝国の時代」ではなく、「数多くの独立国に分裂した時代」になるのだ。そのため、「斎独立国説」が定説となる上で越えるべき壁は高いと思われる。
記者も「斉独立国説」には懐疑的なんだな。もって回った表現で婉曲に「越えるべき壁の高さ」を指摘しているし。
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高句麗人が建国した「忘れられた王国」
【新刊】池培善(チ・ベソン)著『中国の中の高句麗王国、斎』(トブルオチェク)
李正己(イ・ジョンギ)という歴史人物の名前が本格的に知られるようになったのは、東洋中世史学者(延世大教授)である著者の果たした役割が大きい。
著者の研究結果によれば、高句麗滅亡以後、中国に連行された高句麗人の末裔(まつえい)・李正己とその子孫らは、4代55年(765〜819年)にわたり山東地方に斎を打ち立て、15の州を治めた。斎は新羅よりも広い領土を占め、強大な経済力で唐に対抗し、一時期は洛陽を攻略して天下に覇を唱えることも狙っていたという。
この本は、その「忘れられた王国」の通史にあたる。
著者は「唐が“凶悪な高句麗の連中”と呼んだことから、逆に斎の支配層が持っていた高句麗人としてのアイデンティティーを読み取ることができる」と説明した。これまで学界では、李正己一族を単なる藩鎮勢力(半独立の様相を呈した節度使。唐後期に地方で横行し、中央の権威を弱体化した)の1つとみなしてきた。しかし、著者は「斎は唐に税金を納めず、官僚の任命も拒否するなど、長期間にわたり軍事的に対立した自主的な独立国だった」と評価を一変させた。
こうした著者の主張が成立するならば、韓国史だけでなく、中国史の体系全体に変化をおよぼす歴史解釈の大転換となる。つまり唐後期は、これまでの解釈のような「弱体化した統一帝国の時代」ではなく、「数多くの独立国に分裂した時代」になるのだ。そのため、「斎独立国説」が定説となる上で越えるべき壁は高いと思われる。
ユ・ソクジェ記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://www.chosunonline.com/app/ArticleView.do?id=20070401000000
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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