日韓歴史論争

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『日本書紀』朝鮮関係年表、仲哀〜雄略④

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/30 20:30 投稿番号: [3149 / 6952]
○応神天皇25年甲寅   294
是歳、百済直支王薨ず。王久爾辛を立てて王となす。王、幼年のため、木満致が国政を執り、王母と密通して、無礼な行動多し。天皇、このことを聞き、木満致を召す。百済記に云わく、「木満致は、木羅斤資が新羅を討つ時、その国の婦人を娶り、生むところなり。その父の功績を以て任那で専権をふるった。それが百済に来て、日本と往還し、天皇の命令を受けているとして、百済の国政を執っている。その権力はまさに君主であった。しかし日本の朝廷はその横暴を聞き、本国に招致された。」と。

○応神天皇28年丁巳   297
9月、高麗王、遣使朝貢。その上表に、「高麗王教日本国」とあったので、太子菟道稚郎子は、表状無礼として高麗使を責め、表を破り捨てる。

○応神天皇31年庚申   300
8月、武庫に滞在の新羅調使の宿所から出火。武庫の水門に停泊中の500艘の船が類焼。新羅王、このことを聞き、名匠を貢る。これが木工を専業とする猪名部らの始祖である。

○応神天皇37年丙寅   306
2月、阿知使主らを呉に遣わし、縫工女を求めさせる。阿知使主ら、まず高麗に到り、道案内を請う。高麗、久礼波らを添えて呉まで送らせる。呉王、工女兄媛、弟媛、呉織、穴織の4人の婦女を与える。

○応神天皇39年戊辰   308
2月、百済直支王、その妹新斉都媛に7人の婦女を添えて日本に遣わし、天皇に仕えさせる。

○応神天皇41年庚午   310
2月、阿知使主ら、呉より筑紫に帰着。
是歳、韓国に遣わされていた倭直吾子籠、倭屯田、屯倉の管掌をめぐる事情聴取のため、召還される。
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