『日本書紀』朝鮮関係年表、仲哀〜雄略③
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/25 17:42 投稿番号: [3142 / 6952]
○応神天皇3年壬辰
272(392)
是歳、百済の辰斯王が日本に対して無礼。紀角宿禰らを派遣して、無礼の状を責める。これにより、百済国、辰斯王を殺して謝す。紀角宿禰ら、阿花を王として帰国。
○応神天皇7年丙申
276
9月、高麗人、百済人、任那人、新羅人、ならびに来朝、池を作らせる。これにより、その池を韓人池と名付ける。
○応神天皇8年丁酉
277
3月、百済人、来朝。百済記に云わく、「阿花王立ち、貴国(日本)に無礼あり。故に、枕弥多礼等の地を奪われる。よって王子直支を遣わし、以て先王の好みを修めるものである。」と。
○応神天皇14年癸卯
283
2月、百済王、縫衣工女を貢す。
是歳、弓月君、百済より来帰して、自分の国の120県の領民を率いて日本に帰化しようとしたが、新羅に阻まれ、加羅国に滞留している、と告げる。葛城襲津彦を加羅国に遣わすが、3年を経ても帰らず。
○応神天皇15年甲辰
284
8月、百済王、阿直伎を遣わし、良馬2匹を献ず。阿直伎を太子菟道稚郎子の師とする。ついで百済に使者を遣わし、阿直伎の推薦により、博士王仁を招かせる。
○応神天皇16年乙巳
285
2月、王仁、来日。太子菟道稚郎子の師とする。
是歳、百済阿花王、薨ず。天皇、直支を召し、国に帰り位を嗣ぐべきことを語る。よって東韓の地を賜い、百済に遣わす。
8月、葛城襲津彦が久しく帰国しないため、平群木菟宿禰らを加羅に遣わす。平群木菟宿禰ら、精兵を率いて新羅の国境に到ると、新羅王、愕きその罪に服す。よって弓月の人夫を率い、襲津彦とともに帰国する。
○応神天皇20年己酉
289
9月、阿知使主、党類17県を率いて来帰す。
これは メッセージ 3124 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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