Re: 扶余まで宗主国サマに取られちゃうニダ
投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2006/07/03 23:24 投稿番号: [3049 / 6952]
>>韓民族(朝鮮民族)の源流をなす扶余(紀元前3世紀〜5世紀)や高句麗はもちろん、
>高句麗はいいとしても、扶余はあくまで今の朝鮮民族の源流の「一つ」なんであって、扶余自体は歴史から消え去った民族なんだからさ…。
まぁ、高句麗も扶余も、確かに「朝鮮の源流の『一つ』」ではあるんですがね・・・
「源流」の全てを「自国史」と言い張るのは・・・
じゃ、日本なんて、一体どれだけ言い出せばよいのやら・・・(笑)
>>三燕(北燕、前燕、南燕)の遺物も同テーマの下に展示されている。
>おいおい=3
>燕は鮮卑族の慕容氏なんだし、意識としては彼らもいっぱしの中華王朝を名乗っていたんだから、いいんだが。
>つうか、まさか鮮卑まで「ウリ民ジョク」にする気か?
>それならば、宗主国サマと同じノリだぞ。
>いわば、悪ガキ同士のビスケットの奪い合いだ。
まぁ、「華夏一統」は確かに行き過ぎではありますが。
20世紀の中華民国成立まで「中華」が「塞外」に及んだ事は実質的に無いのですが(「塞外」から「中原」は別)
かと言って、燕まで「ウリ民ジョク」とするのは・・・(笑)
鮮卑は東胡の支民族で、言語学的にはモンゴル語系統という可能性が非常に強い民族ですし。
*扶余や高句麗とは別系統。
そうなると、慕容部の燕。乞伏部の西秦。禿髪部の南涼。拓跋部の代、北魏。宇文部の北周、隋、唐。
全て「ウリ民ジョク」に・・・(笑)
>>しかし高句麗は、一時期は遼河文明の覇者として君臨し、中国と新羅の共同攻撃によって滅亡したとはいえ、その精神と芸術は現在まで命脈をつないでいる。
>それ、強引スギ。(笑)
まぁ、高句麗は「下層民には、その血脈が伝わっているかもしれない」程度でしょう、実際は。
高句麗も、渤海も、「朝鮮民族」形成には、文明・文化共にほぼ関連無し、なのでは・・・?
>>北扶余、高句麗、南扶余(百済が泗に遷都した際に変更した国号)、統一新羅、高麗、朝鮮、韓国という伝承関係を通じ、韓民族こそが遼河文明の完成者であるといえる。
>じゃあ、遼河文明って、大した事ないじゃん。(笑)
「遼河文明」は、匈奴、東胡(扶余等含む)、高句麗、燕・・・と続く、遼河流域国家の文明であって・・・
>南扶余(百済が泗に遷都した際に変更した国号)、統一新羅、高麗、朝鮮、韓国
とは、ぶった切れております(笑)
これは メッセージ 3043 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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