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朴正煕のエピソード②

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/23 12:58 投稿番号: [935 / 9237]
親族に対しては一様に厳しかったが、とくに外家(妻の家)よりも本家に対して厳格であった。朴大統領の死の直後、親戚が集まって
「大統領の親族として道義を尽くして立派に葬儀をするべきだ」
という話が出たとき、本家筋のある者は
「ちょっと待ってください。叔父貴が私たちに何をしてくれたというんですか。建前ばかり振りかざして、妻の家の方はあれほど構ってやりながら私たちは本家だからといって、まともに面倒を見てくれたことがありますか。いつも怒ってばかりで……」

ただ、これは必ずしも差別ではなく、妻の家はもともと富裕な家柄で、高い教育を受けていた者が多かったから、結果として、出世した者が妻の縁者に多かっただけということのようだ。

親族の中にはやはり不出来な者がいるもので、定職につかずぶらぶらしている甥が、あるとき死傷事故を起こした。警察署は大統領の甥だということで処置に困っていたところ、朴大統領はその話を聞くや否や市警局長に電話をし、
「何をしている。人を轢き殺したら捕まえるのが当然ではないか。大統領の甥だといって見逃してどうする。すぐさま捕まえろ。そいつの性根をたたき直してやる」と怒鳴った。

親族が政界や事業にうってでようとすると、「お前にどんな政治ができるというのか」「お前にどれほどの経営の才能があるのか」といってたしなめるのが常だった。要するに「身の程哲学」といえる。

民主勢力を弾圧し、独裁体制を敷きながら、国民各自が身の程を知って努力せよ、そうすれば豊かになれる、「ハミョンテンダ(なせばなる)」という信念で、経済計画を進めていった。
ある意味で、これは非常に日本的な考え方だと思う。そのような考え方を学んだのは、やはり満州軍官学校(途中日本の陸軍士官学校へ留学)で受けた教えと無関係ではないのではないか。
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