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朴正煕のエピソード①

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/23 12:55 投稿番号: [934 / 9237]
>bosintangさんも情報提供よろしくお願いします。

それではご希望に応えて

慶尚道の貧農の末っ子(3男1女)として生まれた朴正煕は、同じ貧農出身の全斗煥とは対照的に、自分や親族の間に不正蓄財の噂はほとんどなかった。

朴正煕の清廉潔白さに関するエピソードを『ドキュメント朴正煕時代』(原題−青瓦台秘書室)よりいくつか。

大統領は親族のうち生活が苦しい者3人に生活費補助をしていたが、1974年当時、毎月30万ウォンだった。秘書が物価上昇の折から50万ウォンに値上げすることを提案すると、朴大統領は
「君はどんなふうに育ったか知らないが、うちの家は貧しかった。もともと金持ちの生活をした人間でもないのに、そのくらいあれば充分ではないか、何が不足だというのか。私が大統領だからといって親族が浮かれた生活をしてはいかん。30ウォンなら充分だ。それ以上使えば浪費になる。浪費するものまで私が出すことはできない」
結局、50万ウォンに引き上げられたのは朴大統領が非業の死を遂げる直前だった。

それでも朴大統領の親族から3人の国会議員が出たが、朴大統領は、親族が政界に出たり事業に関わるのを嫌った。ほとんどの親族は概ねそれに従ったが、ときには「あなたには思いやりというものがないのか」と反発することもあった。そのため、親族のそれぞれのグループの中から才能のありそうな者を少数選んである程度厚遇してやることで、親族の不満を鎮めたという。
娘婿の韓丙起はもともと政界への野心が強かったが、67年の選挙では朴正煕に頼んだにも関わらず公認をはずされて断念、71年にやっと議員になれた。

あるとき、姉がホテルでの還暦祝いに政界人を呼んだことがわかったとき、秘書を呼びつけて
「おまえは何をしているのか。今がどういう時だと思って東急ホテルで7〜8人も集まって豪華な宴会をするのだ。誰が行ったのか調査せよ」
親族の素行を監視するためにそれぞれの家に警察官を配置した、という話もある。

朴正煕が大統領になってまもなく、長兄が訪ねてきて「故郷の人々が私に向かって、これからは国のためにいろいろ仕事をしなくちゃならないと言って、いくつかの事業の話をもちかけてくる」と話した。調べると案の定、利権がらみの事業だった。
朴正煕は
「兄さん、わかりました。その件は私が調べて処理しますから、どうか故郷で農業を続けてください」
と言って、以後、故郷の警察に指示し兄の家に出入りする者をチェックさせた。
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