>無神論
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2001/05/22 07:40 投稿番号: [900 / 9237]
shibural7さんへ。
はじめまして。
以下、ちょっと疑問と質問があります。
>この様な世俗主義は人間の能力のみを認めようとし、遂に、神(如何なる認識の神であれ)は要らないと否認するようになる。
話の流れからすると、これは日本の現状に対する認識のようなのですが、これに多少反論。
日本では人々は積極的に「神様」を(何教かは別にすれば)否定しているわけではなく、単に、己の行動にいちいち神様からの「免罪符」を求めていないだけではないのでしょうか?人間は、「神」を信じようと信じまいと、人間の能力以上のことは出来ないので、個々の能力で出来ることをしているだけでしょう。日本では、「人事を尽くして天命を待つ」というように、最終的には自分ではどうにもならない力(神や天と解釈されることが多い)の判断を受け入れているので、「人間の能力のみを認めて神を否認」しているのわけではないと思いますよ。
shibural7さんのお考えでは、人間はその行動についていちいち「神」にお伺いをたてないと神様を認めていることにはならないのでしょうか?
>実用的かつ戦闘的な潮流である。
「神」を信じるべきと思っている人から見れば「戦闘的」なのかも知れませんが、私から見れば、信仰を強要する「神」の方がよっぽど戦闘的に思えます。これに対する氏のお考えはいかなるものなのでしょう?信じなければ「天罰」を加える、という発想(ソドムとゴモラに「天の火」を食らわせたというようなもの)は、私には「恫喝」としか思えません。
ついで、la_onni77さんに質問したことにかぶるのですが、「無神論」が「消費文化」を形成し、そのことが「権勢欲」「支配欲」「差別主義」につながる、というロジックをわかりやすく説明していただけないでしょうか?私には理解不能な論理です。
一般的に、現代消費文化はアメリカ大衆文化を源流にしているといわれていますが(日本の消費文化もその亜流)、そのアメリカは、先進資本主義国の中ではもっとも宗教の実生活への浸透度の高い国であることはよく知られた事実です。これは、「無神論」が「消費文化」を形成する、というロジックに対する有効な反論では?
また、消費を満喫することが、どのように支配や差別につながるのか、についてもご教授いただければ幸いです。ここでは、「無法な方法により消費を満喫する」ことは想定していませんので(日本ではそのようなことは一般的に行われていません)、それ以外のロジックを教えてください。
最後に、トピックの趣旨に合った質問。
日本では、消費はGDPの60%程度をしめる重要な経済活動です。「無神論」がそれを形成するがゆえに(あるいはそれが持つ危険性がゆえに)消費文化を否定したばあい、「神」を信じることはどのように経済活動の活性化につながるのでしょうか?
以上、長々と失礼いたしました。
文章が読みづらいなどの点は、私の文章能力不足によるものなので、さきにお詫びしておきます。
はじめまして。
以下、ちょっと疑問と質問があります。
>この様な世俗主義は人間の能力のみを認めようとし、遂に、神(如何なる認識の神であれ)は要らないと否認するようになる。
話の流れからすると、これは日本の現状に対する認識のようなのですが、これに多少反論。
日本では人々は積極的に「神様」を(何教かは別にすれば)否定しているわけではなく、単に、己の行動にいちいち神様からの「免罪符」を求めていないだけではないのでしょうか?人間は、「神」を信じようと信じまいと、人間の能力以上のことは出来ないので、個々の能力で出来ることをしているだけでしょう。日本では、「人事を尽くして天命を待つ」というように、最終的には自分ではどうにもならない力(神や天と解釈されることが多い)の判断を受け入れているので、「人間の能力のみを認めて神を否認」しているのわけではないと思いますよ。
shibural7さんのお考えでは、人間はその行動についていちいち「神」にお伺いをたてないと神様を認めていることにはならないのでしょうか?
>実用的かつ戦闘的な潮流である。
「神」を信じるべきと思っている人から見れば「戦闘的」なのかも知れませんが、私から見れば、信仰を強要する「神」の方がよっぽど戦闘的に思えます。これに対する氏のお考えはいかなるものなのでしょう?信じなければ「天罰」を加える、という発想(ソドムとゴモラに「天の火」を食らわせたというようなもの)は、私には「恫喝」としか思えません。
ついで、la_onni77さんに質問したことにかぶるのですが、「無神論」が「消費文化」を形成し、そのことが「権勢欲」「支配欲」「差別主義」につながる、というロジックをわかりやすく説明していただけないでしょうか?私には理解不能な論理です。
一般的に、現代消費文化はアメリカ大衆文化を源流にしているといわれていますが(日本の消費文化もその亜流)、そのアメリカは、先進資本主義国の中ではもっとも宗教の実生活への浸透度の高い国であることはよく知られた事実です。これは、「無神論」が「消費文化」を形成する、というロジックに対する有効な反論では?
また、消費を満喫することが、どのように支配や差別につながるのか、についてもご教授いただければ幸いです。ここでは、「無法な方法により消費を満喫する」ことは想定していませんので(日本ではそのようなことは一般的に行われていません)、それ以外のロジックを教えてください。
最後に、トピックの趣旨に合った質問。
日本では、消費はGDPの60%程度をしめる重要な経済活動です。「無神論」がそれを形成するがゆえに(あるいはそれが持つ危険性がゆえに)消費文化を否定したばあい、「神」を信じることはどのように経済活動の活性化につながるのでしょうか?
以上、長々と失礼いたしました。
文章が読みづらいなどの点は、私の文章能力不足によるものなので、さきにお詫びしておきます。
これは メッセージ 887 (shibural7 さん)への返信です.