>キリスト教の犯罪
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/05/22 01:18 投稿番号: [899 / 9237]
私は以前は宗教は人間を立派にするものであり、人間を立派にしないものは宗教に値しないと思っていたが、ここ数年考えを変えた。
宗教は人間を立派にしない。人間を善良にするのはその国の狭義の文化と伝統である。
何年か前にタイの山間部にラウダ航空の飛行機が墜落したが、その後何が起こったか。近くの村人達がむらがり、落ちた飛行機の荷物の中から貴重品や貨物を盗ろうとした。敬虔な仏教徒がそんなことをしてもいいのかい。
これは貧富とは関係ない。何十年も前に英国航空の飛行機が冨士上空で空中分解を起こし墜落したらしい。そのときに捜索に出た地元の消防団の人間が犠牲者の時計その他の貴重品を盗むことなど全くなかったので、海外からやってきた調査団が驚いたらしい。そういう場合、時計などは捜索者のものになるのが世界の常識だったらしいので。
バリ島で交通事故があると、見つけた人がまずやること。犠牲者の財布をとること。敬虔なヒンドゥー教徒がそんなことをやってもいいのかい。
キリスト教yの宗教戦争は言うまでもない。
「戦前の」数十万人に渡る日本人の移民が何故まったくと言っていいほど犯罪を犯さなかったか。それはかれらが「郷里のはらからの恥になるようなことをやってはいけない」、「天皇陛下の恥になるようなことをやってはいけない」という強烈な道徳律をもっていたから。私は、移民を扱ったテレビ番組で年老いた移民がそういうのを実際に聞いて私の考えが間違っていなかったことを確信した。(戦前の話である)。これを日本の文化と伝統という。
中国人、韓国人が何故海外で犯罪を多数おかすか。理由はもう分ったはず。
これは メッセージ 896 (la_onni77 さん)への返信です.
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