れRe: れRe: >オゴルという行為
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/11/20 17:04 投稿番号: [4436 / 9237]
>私が読んだ本においては、上昇の道がふさがれたときに「恨」を抱くとありまして〜
ほかの行動に出るのは「代償行為」というやつで、どんな人種にでも見られるものですが。
「上昇の道がふさがれたとき」というよりも、「願望が達せられないとき」であり、
「ふさがれる」と失望なり絶望になりますが、「達せられない」というのは、一筋でも
光が見えてること。その苛立ちの爆発が「恨」だと、私は読んだ本(韓国人著)を
かように解釈しました(訳文で読んだのですが、正確なことはイマイチ分からなかった
たぶん、原文だともっと混乱したかも)。
>あちらの方々も「恨」と「怨」の境が曖昧になったということでしょうか。
私は、コレだとおもいます。「恨」というものは、永い年月の中で民族の中に培われた
もの。そう簡単にはヌケないでしょう。社会の近代化は、色んなゆがみを生みました。
日本だって、明治時代から、いや第2次大戦後からでだって価値観や、個人の社会に対する
接し方が変わったくらいですから。精神にさまざまな「化学変化」が起きてもおかしくない、
と思います。私は実は、「火病」が顕著になったのって、韓国の近代化ではないか、と
思っています。別に確証はなく、推測ですが。
すみませんねぇ。
韓国の伝統芸能を研究したくて来たので、日ごろから「韓国人気質」について漠然とは
考えていることなんですけど具体的にまとまってなくて、抽象的な表現ばかりになってしまいました。
これは メッセージ 4432 (pretzs002 さん)への返信です.
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