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Re: 儒教世界の道徳

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/03/28 17:21 投稿番号: [3025 / 9237]
>儒教が中国(韓国)社会の道徳・規範になっているというのは、少し懐疑的に思います。
あくまでも小人を養う(支配する)ための帝王学だと解釈しております。
これ間違い?

実は私も、儒教的=支那的ではなく、支那及び朝鮮を儒教社会とは言いがたいと考えております。
あくまでも支那的な社会規範に含まれるものが儒教にも取り入れられている、というのではないかと論を書いておりましたら、仕事が入ってほったらかしになってしまいました。

儒教につきまして、私なりの考えを述べてゆきたいと思います。

儒教は時期によって3種類に分かれます。
まず、最初の段階は「原始宗教」と言えるもので、超自然的存在である鬼神を遇する儀式や鬼神の絡んでくる冠婚葬祭についての作法(礼)です。学術用語では「原儒」と呼ばれます。
たとえば、人の死に際しては、まず屋根に登って故人の魂の呼び戻しを行い(この期間がかりもがり:殯です)、それでも魂が身体に戻ってこないと確認して、そこではじめて死が確定して、哀悼の哭礼を行う、といったものです。
また、君主が出征するさいに、乗車の車輪をいけにえの犬である犬牲の血で染める呪術、他郷との境に、壷に入れた呪符を埋め、悪霊の侵入を防ぐ呪術というものもそれでありましょう。

次に、これらの呪術礼法から、鬼神についてのものを取り除き、個人・社会の規範規則礼法として整理したのが孔子です。
君子のたしなむべきものと守るべき礼儀作法と言っていいでしょう。「六芸」といい、礼(礼儀作法)・楽(音楽)・射(弓)・御(車につながれた馬を御する技術)・書(読み書き)・数(算数)から成っています。
また、彼が整理する段階で、先祖崇拝、長幼の序、といった在来の民俗・習慣も礼儀作法として体系化されて取り入れられたわけです。よってそれらが儒教の専売特許ではありません。
ですから、支那社会の民俗を指して儒教的というのは美しい誤解だと思うのです。
儒教は士大夫のものであり、民間には縁が遠いものですが、また、士大夫とて下野すればその祭祀宗教行為は民間の道教系統のものをするわけです。

唐代の詩人でもある韓愈は、朝廷に仏舎利を持ち込むことに異を唱えて広州の長官に左遷されたさい、現地人に頼まれ、人々を苦しめる川の鮫を懲らしめるため告諭文を書き、岸壁に貼りました。それ以来鮫は姿を消したため、彼の徳を称え、その川は「韓江」と呼ばれるようになりました。この行為はまぎれも無く「道士」の所業ですね。

一旦区切ります。
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