Re: 儒教世界の道徳
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/03/28 10:25 投稿番号: [3018 / 9237]
>伝統的な中国の考え方では偉大な人物の恥部や優れた人物の失敗はできるかぎり隠蔽するのが道徳的な行いとされる。これは逆に言えば、偉大な人物の恥を暴いたり優れた人物の失敗をあげつらったりすることは道徳にはずれるということだ。現代の中国では国家がいわば偉大な人物である。だから国の恥になることや過ちを隠すことが中国人の基本的な義務の一つとなっている。国家の威信を護るために嘘をついたりデマを飛ばすのは推奨や賞賛に値する行為なのである。
かつて、中国共産党の政策がうまくいけば「偉大なる毛同志のご指導のおかげ」、うまくいかければ「我々が毛同志のご指示を正しく理解できず愚かなことをしたからだ」というのがありましたな。
もっとも、これは蒋介石の中華民国でもそうでしたが。
>日本人はいざ知らず、真相を暴露すれば国家の威信を傷つけるような場合、中国人なら十中八九、真相を隠す道を選ぶ。そしてその中には嘘をつく者が必ずいる。
中国に科学が誕生しなかった最大の原因の一つは避諱の文化だと、私は考えている。中国人にとって真実はさして重要ではないからだ。偉大な人物や国家や自民族の名誉のほうが重要であって、必要とあらば真実などはどこかへ放り出してそちらを護る。
西洋の歴史研究者は歴史の真相を明らかにすることを歴史研究の任務と見なすが、中国の歴史研究者は国家の威信を擁護することを第一の任務と考える。中国の歴史学者の編算する史書では、“偉大で、栄光ある、いつも正しい”国家の形象を樹立するために、不都合な事実は隠蔽されるか改竄される〜後略〜
権力者への阿諛とともに「偉大で賢明な我々が、服属してやって支配されてやっているものが、間違っているはずが無い」という、被支配の屈辱を晴らすための意識操作もあるのかな、と思います。これは魯迅の言った「阿Q精神」ともかかわりがあるのかな?
すいません。まとまりきらない文になってしまいました。
これは メッセージ 3009 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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