pretzs002さま
投稿者: ryuunosuke_tukiko 投稿日時: 2006/02/17 18:37 投稿番号: [2925 / 9237]
暖かい歓迎の言葉を、ありがとうございます。
経済トピに場違いな投稿でしたのに、お心遣い痛み入ります。
お詫びに、一冊、本の紹介をさせていただきますね。
「「情報消費社会」の経営戦略 モノの経営から情報の経営へ」
著者は、立命館大学の経営学部の、佐藤典司教授です。
短くまとめますと『現在の日本の商品は、品物そのものではなく品物に化体した”情報”の価値によって流通する。品物そのものの耐用年数が来ていなても、”情報”が不必要と判断すれば、消費者は、買い替えを行う。それは、付加価値とは異なる。付加価値があるからではなく、我々は支出に見合う”情報”が入手できるため、それを購入する。機能消費社会ではなく、情報消費社会が到来している。』というものです。
「情報職業論」の講義テキストに使われたものですが、面白いと思いましたのは、”情報”の位置づけで、第一次産業が農業(たべもの)、第二次産業が工業(しなもの)、第三次産業がサービス業(知識やレジャー、旅行など形のないもの)、そして第四次産業として”情報”があるとしている点です。
また、いわゆるマルクス・レーニン主義、社会主義というものは既に破綻しており、机上の空論である。なぜならば、100円ショップが林立しても、周囲の店が潰れてはいない。社会主義においては、機能が優先される。機能が同じものであれば、安価なものが好まれる筈である。だが、我々は、たとえ同じ機能を持つ品物であっても、必要な”情報”が内包されてれば、わざわざ高価なものを選んで購入する。優先されるものは、機能ではない。社会主義というものは、第二次産業社会までが有効なのであり、第三次産業以降が流通の主流となる社会では、通用しない主義である、というお話もまた、興味深いものでした。
考えてみますと、現実の世界でも社会主義国は、食べ物と品物といった生活に必要なものでさえ、十分にゆきわたっていないように思えます。現在の日本のように、機能性商品が余剰しており、第三次第四次産業が消費を引っ張っている資本主義社会とは、ライフスタイルも生活や人生に対する考え方も異なるのではないでしょうか。互いに、理解しあうことは非常に難しいと思われますが、前回、お話しましたように、私たちは、それぞれ異なった辞書を頭の中に持っているようなものです。互いに対する知識を得、項目を増やすことで、理解を深めていくことができるかもしれません。私はそこに希望を見たいと思います。国内常識ではなく、国際常識を持っていただくこと、本来の意味のグローバルスタンダードを、教育によって身につけていただくことで、社会主義の国の方々とも、理解しあい協力しあえるようになるのかもしれません。
また長文になってしまって申し訳ありません。
トピ主さま、pretzs002さま、皆様、今後とも、よろしくお願いします。
…ところで、現在、韓国は、社会主義の国と考えて差し支えないのですよね?
経済トピに場違いな投稿でしたのに、お心遣い痛み入ります。
お詫びに、一冊、本の紹介をさせていただきますね。
「「情報消費社会」の経営戦略 モノの経営から情報の経営へ」
著者は、立命館大学の経営学部の、佐藤典司教授です。
短くまとめますと『現在の日本の商品は、品物そのものではなく品物に化体した”情報”の価値によって流通する。品物そのものの耐用年数が来ていなても、”情報”が不必要と判断すれば、消費者は、買い替えを行う。それは、付加価値とは異なる。付加価値があるからではなく、我々は支出に見合う”情報”が入手できるため、それを購入する。機能消費社会ではなく、情報消費社会が到来している。』というものです。
「情報職業論」の講義テキストに使われたものですが、面白いと思いましたのは、”情報”の位置づけで、第一次産業が農業(たべもの)、第二次産業が工業(しなもの)、第三次産業がサービス業(知識やレジャー、旅行など形のないもの)、そして第四次産業として”情報”があるとしている点です。
また、いわゆるマルクス・レーニン主義、社会主義というものは既に破綻しており、机上の空論である。なぜならば、100円ショップが林立しても、周囲の店が潰れてはいない。社会主義においては、機能が優先される。機能が同じものであれば、安価なものが好まれる筈である。だが、我々は、たとえ同じ機能を持つ品物であっても、必要な”情報”が内包されてれば、わざわざ高価なものを選んで購入する。優先されるものは、機能ではない。社会主義というものは、第二次産業社会までが有効なのであり、第三次産業以降が流通の主流となる社会では、通用しない主義である、というお話もまた、興味深いものでした。
考えてみますと、現実の世界でも社会主義国は、食べ物と品物といった生活に必要なものでさえ、十分にゆきわたっていないように思えます。現在の日本のように、機能性商品が余剰しており、第三次第四次産業が消費を引っ張っている資本主義社会とは、ライフスタイルも生活や人生に対する考え方も異なるのではないでしょうか。互いに、理解しあうことは非常に難しいと思われますが、前回、お話しましたように、私たちは、それぞれ異なった辞書を頭の中に持っているようなものです。互いに対する知識を得、項目を増やすことで、理解を深めていくことができるかもしれません。私はそこに希望を見たいと思います。国内常識ではなく、国際常識を持っていただくこと、本来の意味のグローバルスタンダードを、教育によって身につけていただくことで、社会主義の国の方々とも、理解しあい協力しあえるようになるのかもしれません。
また長文になってしまって申し訳ありません。
トピ主さま、pretzs002さま、皆様、今後とも、よろしくお願いします。
…ところで、現在、韓国は、社会主義の国と考えて差し支えないのですよね?
これは メッセージ 2904 (pretzs002 さん)への返信です.