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>>>座学で耳学問。

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/06/17 17:08 投稿番号: [1153 / 9237]
「本からの知識」と「フィーイルドワーク」(事実主義、現場主義)について呉智英という評論家が「読書家の新技術」という本の中で(朝日文庫)面白いことを言ってますのでおおざっぱですが紹介します。(読んでおられる方いるとは思いますが)。

近時重んじられているのは「事実主義」である。もちろん事実は大事である。事実に反する理論やイデオロギーに事実を突きつけることは大事である。

だがその事実が事実主義にまでなるとかえって真実からすこしずつ離れはじめないか。「足で書く」だの「ナアマの目で見る」だの言うことを主義にまでしてしまうと足をすくわれ、目が曇ってしまうのではないか。「書斎で読書派」のほうが事実主義よりも真実に近づけることの例を挙げよう。

1982年3月16日の朝日の記事が京都、大阪、神戸のそれぞれ600人の生活意識調査をした結果,「京の着倒れる」、「大阪の食い倒れ」、「神戸の履き倒れ」などといわれる生活実態が数字的に裏付けられた、と書いた。
「などといわれる」と切り出しているが、誰が言っているのだ。

大阪の食い倒れという諺はないのだ。本来は江戸の食い倒れというのである。
大阪の食い倒れというのはせいぜい40,50年の歴史しかないいわば流行語なのである。

私(呉)も最初は大阪の食い倒れだと思っていた。しかし江戸末期に大阪の町奉行もやったことのある久須美裕雋(ゆうせん)
というひとのかいた「浪花の風」にこのような記述がある。
「諺に『京の着倒れ、江戸の食い倒れ』というように、大阪も京都に近いためか京都と同じように、人々は着物に金をかけ着物をたくさん蓄えている。奉行所への盗難届にも貧しいものが着物を五着も六着も盗まれたといってくることは普通である。こんなことは江戸の裏長屋のその日暮らしのもの達には決してないことである」

あえて言えば、大阪も着倒れなのである。ではなぜ大阪の食い倒れになったのか。昭和7年の大言海にはちゃんと京の着倒れ、江戸の食い倒れと出ている。が、現行の広辞苑では京の着倒れ、大阪の食い倒れに変わっている。

まず江戸が東京になり京都化したことがあろう。もう一つは関東大震災により文筆家が大阪に多く来て、そこでのホルモン(放るもん)焼きなどの食文化を見て、それをおもしろおかしく、食い倒れと書いたことがある。ホルモン焼きは在日朝鮮人や日本人下層民んもスラングだったというのは詩人金時鐘である。

こうすると大阪が食い倒れになったのは、朝鮮半島併合と関東大震災が大きな原因だと言うことが文献の研究から分かる。

私(呉)の推理の方が「足でする調査」よりも文化や風俗の相違の本質に迫るのではないかという自負がある。

荒っぽい紹介ですが。
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