潘外相事務総長立候補顛末記

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潘基文事務総長に期待されること(1)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/10/14 20:08 投稿番号: [275 / 2559]
<パン・ギムン国連事務総長の内定を歓迎する>

これからは対北人権問題に積極的に対処する時
北朝鮮を制御する新しい仕組みを至急に

ニュー・ライト・ドット・コム
[ リュ・ビョンウン(弘益大学教授、法学)/ 2006-10-10 20:48 ]
照会数 : 691
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr06000&num=2134

                   (翻訳)

  潘基文(パン・ギムン)長官が近いうちに国連事務総長になるということは、慶事に違いない。国連デーをまた復活させなければならないかも知れない。

  国連事務総長と言えば思い出す人がいる。第2代国連事務総長ハマーショールドだ。ハマーショールドは 1961年、コンゴ内戦の仲裁に行く途中、彼の乗った飛行機が北ローデシアの山中に墜落して死亡した。当時全世界の人々が彼の死を哀悼した。彼が最後まで持っていた聖書の表紙には、「君がこの世の中へ来た時には一人で泣いたが、君がこの世を去る時はすべての人が泣くようになりなさい。」という言葉が書かれていたと言う。スウェーデン首相とノーベル賞財団理事長を歴任した父ハマーショールドが末の息子ダグ・ハマーショールドが生まれたとき、彼に与える聖書にそう書いたのだ。この言葉で、人々はまた涙を流した。

  このような父の警句のためであったかどうかは分からないが、ハマーショールドは、常に、死を価値あるものとする道(the road which makes death a fulfillment)を捜そうと努力した。彼は強大国、特にアメリカとソ連の立場と果敢に対立して、国連の目的である世界平和の維持に力をつくした。1956年のスエズ運河紛争解決も彼の業績で、1954年当時中共が抑留していた国連軍所属米軍捕虜15人が釈放されたのも、ハマーショールド自身が「外交の天才」と褒め称える周恩来を十日以上も説得して得た結果だった。ノーベル平和賞が亡くなったハマーショールドに与えられた。(ちょっと別の話だが、ノーベル平和賞を受けるためには、必ず国家組職と大企業の総帥まで動員しなければならないわけではないようだ。)

  韓国のパン・ギムン外相が国連事務総長に事実上決まった。国連安全保障理事会は、10月9日、別途の表決手続きなしに満場一致でパン長官を次期国連事務総長の単独候補に定めた。国連事務総長は国連行政のトップであると同時に、国連のすべての機関から委任を受けた多様な任務を遂行する。また国連事務総長は国際平和に脅威を与える事態を安全保障理事会に回付するなど、国際政治上の非常に重要な権限を持つ。

  パン長官の国連事務総長への内定を歓迎しながら、これを「私たちの国の実力」の成果だと評価する向きがある。しかし、国連事務総長は出身国の国力とは関係がない。アメリカやロシアなど安全保障理事会常任理事国はもちろん、日本やドイツも強大国で、事実上国連事務総長を出しにくいからだ。歴代の国連事務総長輩出国が、ノルウェー、スウェーデン、ミャンマー、オーストリア、ペルー、エジプト、ガーナなどだったことを見てもそうだ。我が国の国力が今後とも伸張して行くという前提で考えて見れば、パン長官は韓国出身の最初にして最後の国連事務総長ではないかと思う。

  (続く)
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