国連の舞台裏にみる国益
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/11/18 06:59 投稿番号: [1074 / 2559]
2007.11.18 02:38
◆ボルトン回顧録の波紋
米国のボルトン前国連大使が最近出版した回顧録「降伏という選択肢はない」は、タイトルも日ごろの言動よろしく、威勢がいい。
とくに、韓国の潘基文(パンギムン)氏の国連事務総長選出に「最後まで反対したのは日本」という、物議をかもしたくだりを興味深く読んだ。昨年の夏から秋にかけて安全保障理事会を舞台に行われた第8代事務総長選出をめぐる動きは密室のなかで進められ、全体像や細部がなかなか見えない歯がゆさがあったからだ。
回顧録には驚くようなドラマや裏話はなかったものの、米国が自国の利益を国連の運営に反映させるべく、戦略的に事務総長選出にかかわった過程がよく分かった。
日本や中国は「今度はアジアの番」とアジア出身者から選出するよう主張し、ロシアもこれを基本的に支持していた。これに対し、米国だけが「最適の人材を選ぶべきで、出身にこだわる必要はない」とアジアからの選出に消極的ともとれる姿勢を見せていた。
実際、ブッシュ大統領は有力候補としてクワシニエフスキ前ポーランド大統領が好ましいと思っていたようだ。ボルトン氏も2006年3月にはラトビアのビケフレイベルガ大統領と意見交換したりしている。
ところが、その一方で、ボルトン氏は、韓国の外交通商相だった潘氏とも緊密に接触していた。2人は05年8月と9月に会談。このとき潘氏は事務総長選出馬の可能性をほのめかした。06年初めと6月に会ったときには、2人で選挙の情勢分析までしている。ボルトン氏はアジア出身者に距離を置く姿勢を示しながら、誰が次期総長の最有力者で、誰が米国の利益になる人物なのかを見極めようとしていた。これがポイントである。
◆アナン色一掃の思惑
06年4月、ライス米国務長官は潘氏を念頭に「私は、われわれが強力な事務総長を求めているとはいえないと思う」とボルトン氏に告げている。米国が潘氏支持に傾いていく伏線でもあった。
「強力な事務総長」とは、どんな人物なのか。推測でしかないが、イラク戦争の是非で対立し、米国批判を辞さなかったアナン前事務総長のようなタイプを米国は排除したかった−と解釈はできる。米国が求めたのは、国連憲章で定められている「行政機構の長」として国連改革を進められる人物であり、「政治家」として国際世論に影響を与えようとする人物ではなかった。言い換えれば、事務総長選はアナン色一掃を目指す活動でもあった。
選挙には総勢7人が出馬した。「支持」「不支持」「意見表明なし」を示す安保理の非公式投票で潘氏に次いで高い「支持」票を得たのが当時の国連事務次長(広報局長)、シャシ・タルール氏(インド出身)だった。タルール氏は生え抜きの国連職員でアナン氏とも近い。米国は当然、「第2のアナン」誕生を認めず、「不支持」票を投じ続けた。
この非公式投票で日本は潘氏に「不支持」票を投じた−とボルトン氏は「個人的に」思い、大島賢三大使(当時)に潘氏支持に回るよう働きかけたと回顧録に書いた。潘氏本人は日本が「不支持」だとは思っていなかった、とも記しているのだが…。
◆物足りない反論
事務総長の選出や再任で拒否権をもつ5常任理事国、とくに米国の支持がなければ、誰も事務総長になることはできない。アナン氏はクリントン政権の支持で生まれた事務総長だったが、潘氏も米国が選んだ事務総長といえる。
潘氏は就任直後、アナン時代の国連事務局幹部に辞表提出を要請した。トップが代われば幹部職員が代わるのは当然だが、複数の職員から直接、「そこまでやらなくても」との不満の声を聞いた。この背後にはアナン色一掃を望むブッシュ大統領の要望とボルトン氏の助言があったことを回顧録で知った。米国の潘氏への影響力を示すエピソードだ。
米国は政権が代わったとしても国益のために潘氏への影響力を発揮し続けるだろう。日本はどうか。常任理事国と同等の影響力は望めないにしても、米国に次ぐ2番目の国連財政への貢献国であり、潘事務総長誕生に協力したのも事実。にもかかわらず、盟友のはずの前米国連大使に回顧録で「当初は協力しなかった」と言われては立つ瀬がない。
高須幸雄国連大使は回顧録の記述について「全く事実と違う」と不快感を表明した。北朝鮮へのテロ支援国家指定解除に反対するなど頼もしい存在のボルトン氏だが、日本としてはここは遠慮せず、もっと反論した方がいい。国連という舞台では、謙譲や沈黙が功を奏することはないのだから。(ながと まさこ)
主題とは関係ないですが、こいつやっぱり米国のいいなりなんですね。
◆ボルトン回顧録の波紋
米国のボルトン前国連大使が最近出版した回顧録「降伏という選択肢はない」は、タイトルも日ごろの言動よろしく、威勢がいい。
とくに、韓国の潘基文(パンギムン)氏の国連事務総長選出に「最後まで反対したのは日本」という、物議をかもしたくだりを興味深く読んだ。昨年の夏から秋にかけて安全保障理事会を舞台に行われた第8代事務総長選出をめぐる動きは密室のなかで進められ、全体像や細部がなかなか見えない歯がゆさがあったからだ。
回顧録には驚くようなドラマや裏話はなかったものの、米国が自国の利益を国連の運営に反映させるべく、戦略的に事務総長選出にかかわった過程がよく分かった。
日本や中国は「今度はアジアの番」とアジア出身者から選出するよう主張し、ロシアもこれを基本的に支持していた。これに対し、米国だけが「最適の人材を選ぶべきで、出身にこだわる必要はない」とアジアからの選出に消極的ともとれる姿勢を見せていた。
実際、ブッシュ大統領は有力候補としてクワシニエフスキ前ポーランド大統領が好ましいと思っていたようだ。ボルトン氏も2006年3月にはラトビアのビケフレイベルガ大統領と意見交換したりしている。
ところが、その一方で、ボルトン氏は、韓国の外交通商相だった潘氏とも緊密に接触していた。2人は05年8月と9月に会談。このとき潘氏は事務総長選出馬の可能性をほのめかした。06年初めと6月に会ったときには、2人で選挙の情勢分析までしている。ボルトン氏はアジア出身者に距離を置く姿勢を示しながら、誰が次期総長の最有力者で、誰が米国の利益になる人物なのかを見極めようとしていた。これがポイントである。
◆アナン色一掃の思惑
06年4月、ライス米国務長官は潘氏を念頭に「私は、われわれが強力な事務総長を求めているとはいえないと思う」とボルトン氏に告げている。米国が潘氏支持に傾いていく伏線でもあった。
「強力な事務総長」とは、どんな人物なのか。推測でしかないが、イラク戦争の是非で対立し、米国批判を辞さなかったアナン前事務総長のようなタイプを米国は排除したかった−と解釈はできる。米国が求めたのは、国連憲章で定められている「行政機構の長」として国連改革を進められる人物であり、「政治家」として国際世論に影響を与えようとする人物ではなかった。言い換えれば、事務総長選はアナン色一掃を目指す活動でもあった。
選挙には総勢7人が出馬した。「支持」「不支持」「意見表明なし」を示す安保理の非公式投票で潘氏に次いで高い「支持」票を得たのが当時の国連事務次長(広報局長)、シャシ・タルール氏(インド出身)だった。タルール氏は生え抜きの国連職員でアナン氏とも近い。米国は当然、「第2のアナン」誕生を認めず、「不支持」票を投じ続けた。
この非公式投票で日本は潘氏に「不支持」票を投じた−とボルトン氏は「個人的に」思い、大島賢三大使(当時)に潘氏支持に回るよう働きかけたと回顧録に書いた。潘氏本人は日本が「不支持」だとは思っていなかった、とも記しているのだが…。
◆物足りない反論
事務総長の選出や再任で拒否権をもつ5常任理事国、とくに米国の支持がなければ、誰も事務総長になることはできない。アナン氏はクリントン政権の支持で生まれた事務総長だったが、潘氏も米国が選んだ事務総長といえる。
潘氏は就任直後、アナン時代の国連事務局幹部に辞表提出を要請した。トップが代われば幹部職員が代わるのは当然だが、複数の職員から直接、「そこまでやらなくても」との不満の声を聞いた。この背後にはアナン色一掃を望むブッシュ大統領の要望とボルトン氏の助言があったことを回顧録で知った。米国の潘氏への影響力を示すエピソードだ。
米国は政権が代わったとしても国益のために潘氏への影響力を発揮し続けるだろう。日本はどうか。常任理事国と同等の影響力は望めないにしても、米国に次ぐ2番目の国連財政への貢献国であり、潘事務総長誕生に協力したのも事実。にもかかわらず、盟友のはずの前米国連大使に回顧録で「当初は協力しなかった」と言われては立つ瀬がない。
高須幸雄国連大使は回顧録の記述について「全く事実と違う」と不快感を表明した。北朝鮮へのテロ支援国家指定解除に反対するなど頼もしい存在のボルトン氏だが、日本としてはここは遠慮せず、もっと反論した方がいい。国連という舞台では、謙譲や沈黙が功を奏することはないのだから。(ながと まさこ)
主題とは関係ないですが、こいつやっぱり米国のいいなりなんですね。
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