ピンチをチャンスに2
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2011/01/12 09:56 投稿番号: [9990 / 10735]
朱幸枝
城北朝鮮初級学校オモニ会会長
自慢のウリハッキョ
「高校無償化」制度から朝鮮学校だけが除外され、大阪府は「外国人学校振興補助金」の支給を保留したまま。これは、本当に切迫した問題だ。この状態が続けば保護者たちの負担は増え、いくら朝鮮学校に送りたくても、日本学校に送ることしか選択肢を持ちえない人たちが増えていくと思う。
朝鮮学校に通った経験はないが、保護者として子どもたちの姿を見てきたので、日本の教育では学べないものが朝鮮学校にはあると実感している。日本人として生まれたかったという思いすら抱いていた学生時代の私にとって、親友と呼べる基準は、その子に自分の出自を明かせられるかどうかだった。
私の子どもたちは、自分と同じような存在の友人に囲まれ、幼い頃から朝鮮人ということを自然と自覚し、朝鮮語を話している。その姿を見るたびに朝鮮学校のすばらしさや必要性を強く感じる。朝鮮人としての誇りを持つことは、机の上での勉強だけで身につくものではないはずだ。
朝鮮学校の保護者として14年。長男の入学前は朝鮮学校に対する偏見から日本学校に送りたいと思っていたが、今では子どもたちがウリハッキョで学んでいることが私の自慢だ。
日本の人たちに言いたいことは、冷静な目で朝鮮学校を見てほしいということ。そうすれば朝鮮学校が日本に存在する意義はわかるはずだ。
文美加 朝青埼玉・南部支部朝青員 問題への関心を呼びかけ
昨年2月、朝青活動に参加したことを機に朝鮮学校への「高校無償化」適用を求めるビラ配りや署名運動に携わるようになった。
朝高卒業後、同胞社会と離れて暮らしていたこともあり、将来子どもが生まれれば日本学校に入れたいと考えていた。また、朝青世代の自分にとって、「高校無償化」問題に関する切迫感も希薄だった。
しかし、朝青活動を通じ、地域の同胞青年らとつながりを築いていく過程で、子どもは絶対に朝鮮学校に通わせたいと強く思うようになった。
実際に街頭署名に出てみると、冷たい反応に接することもあった。
その中で、朝鮮学校の「無償化」除外が単なる授業料の問題ではなく、日本社会に根強く残る差別構造の中で生まれた問題であるということを痛感した。
そして、私たち朝青世代が親になったとき、子どもたちが堂々と朝鮮学校に通えるように、自分の問題として、朝鮮学校への差別撤廃を訴えていかなければいけないと思った。
「高校無償化」を実現するために、一人でできることは決して大きくない。けれど、みんなで力を合わせ、街頭宣伝などの地道な活動を通じて人々の関心を少しでも喚起していきたいと思う。
「高校無償化」問題は今年へ繰り越しになってしまったが、今後も宣伝活動や署名運動に積極的に参加していきたい。
3に続きます。
「高校無償化」制度から朝鮮学校だけが除外され、大阪府は「外国人学校振興補助金」の支給を保留したまま。これは、本当に切迫した問題だ。この状態が続けば保護者たちの負担は増え、いくら朝鮮学校に送りたくても、日本学校に送ることしか選択肢を持ちえない人たちが増えていくと思う。
朝鮮学校に通った経験はないが、保護者として子どもたちの姿を見てきたので、日本の教育では学べないものが朝鮮学校にはあると実感している。日本人として生まれたかったという思いすら抱いていた学生時代の私にとって、親友と呼べる基準は、その子に自分の出自を明かせられるかどうかだった。
私の子どもたちは、自分と同じような存在の友人に囲まれ、幼い頃から朝鮮人ということを自然と自覚し、朝鮮語を話している。その姿を見るたびに朝鮮学校のすばらしさや必要性を強く感じる。朝鮮人としての誇りを持つことは、机の上での勉強だけで身につくものではないはずだ。
朝鮮学校の保護者として14年。長男の入学前は朝鮮学校に対する偏見から日本学校に送りたいと思っていたが、今では子どもたちがウリハッキョで学んでいることが私の自慢だ。
日本の人たちに言いたいことは、冷静な目で朝鮮学校を見てほしいということ。そうすれば朝鮮学校が日本に存在する意義はわかるはずだ。
文美加 朝青埼玉・南部支部朝青員 問題への関心を呼びかけ
昨年2月、朝青活動に参加したことを機に朝鮮学校への「高校無償化」適用を求めるビラ配りや署名運動に携わるようになった。
朝高卒業後、同胞社会と離れて暮らしていたこともあり、将来子どもが生まれれば日本学校に入れたいと考えていた。また、朝青世代の自分にとって、「高校無償化」問題に関する切迫感も希薄だった。
しかし、朝青活動を通じ、地域の同胞青年らとつながりを築いていく過程で、子どもは絶対に朝鮮学校に通わせたいと強く思うようになった。
実際に街頭署名に出てみると、冷たい反応に接することもあった。
その中で、朝鮮学校の「無償化」除外が単なる授業料の問題ではなく、日本社会に根強く残る差別構造の中で生まれた問題であるということを痛感した。
そして、私たち朝青世代が親になったとき、子どもたちが堂々と朝鮮学校に通えるように、自分の問題として、朝鮮学校への差別撤廃を訴えていかなければいけないと思った。
「高校無償化」を実現するために、一人でできることは決して大きくない。けれど、みんなで力を合わせ、街頭宣伝などの地道な活動を通じて人々の関心を少しでも喚起していきたいと思う。
「高校無償化」問題は今年へ繰り越しになってしまったが、今後も宣伝活動や署名運動に積極的に参加していきたい。
3に続きます。
これは メッセージ 9989 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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