ピンチをチャンスに3
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2011/01/12 09:57 投稿番号: [9991 / 10735]
鄭勇成
京都朝鮮中高級学校・高級部3年
後輩に残したくない
「高校無償化」制度が始まると聞いたときは、朝から晩まで働いて育ててくれているオモニの負担が軽くなると思い、本当にうれしかった。でもその期待は裏切られた。「私たちの権利がまた踏みにじられた」という憤りでいっぱいだ。
これまで街頭に立ち署名をお願いしたりビラを配ったりと、多くの人たちに訴えてきた。暴力的な言葉を投げてくる人たちもいたが、多くの日本人が応援してくれた。これから共に日本社会で生きていく高校生たちを中心に声をかけた。彼らに私たちのこと、朝鮮学校のことを知ってもらいたかったからだ。
8月に発行された「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」には作品を載せてもらい、私たちの声を多くの人たちに届けることができた。
しかし、今でも朝鮮学校は「高校無償化」制度から除外されたままだ。「結局、何も変わらないじゃないか」という日本政府に対する不信感があるのは確かだけど、この問題をどうにかしなければならないと強く感じている。
そのためにも、当事者である私たちがより多くの人たちに訴え続けることが大切だ。民族教育を受ける私たちがもっと声を上げることで、世論は喚起されるはず。日本政府には、私たちの存在を認めてほしいと願っている。
私たち高3は、もうすぐ卒業する。後輩たちにこの問題を引き継ぎたくない。
園部守 日本朝鮮学術教育交流協会事務局長 教育は人権問題、政治とは別
菅首相は、朝鮮西海での砲撃戦を理由に朝鮮学校への「高校無償化」適用の審査プロセスを停止させた。「外交上の配慮などで判断すべきものでない」とした政府の見解を自ら覆すもので、教育の場に政治問題を持ち込み子どもたちの権利を奪うという、外交の最も稚拙なやり方だ。
日本政府が結論を何度も先送りし、メディアが朝鮮学校に関する誤った情報を流したことで、否定的な感情だけが増幅されてきた。とくに格差社会の中でメディアのあおりを受けた排外主義は、その矛先を朝鮮学校の「補助金」にまで向けた。
そもそも教育は人権問題だ。「誰がどこで何を学ぶのか」は人権として保障されなければならない。歴史や政治についての認識が国々によって異なるのも当然だ。それを「反日的」という言葉でくくるのは危険な考え方だ。
「補助金」支給を決めた松沢成文・神奈川県知事や、知事の判断を尊重するとした横田滋さんも指摘したように、政治問題を朝鮮学校に通う子どもたちに結びつけてはならない。朝鮮学校への「無償化」適用、「補助金」支給が速やかになされるべきだ。
こうした問題はまさに日本社会の問題だ。日本人が今後どのような社会を築いていこうとしているのかが問われている。朝鮮学校や外国人との日頃のつながりの中で人権意識を作り上げていくことが大切だ。
長崎由美子 チョソンハッキョを楽しく支える生野の会代表 違いを尊重し合う社会を
昨今、右傾化している日本では正論が正論として通じなくなっている。政府は「外交上の配慮は判断材料にしない」としながらも、朝鮮半島で砲撃事件が起きると、「高校無償化」適用のプロセスを停止した。大阪朝鮮高級学校ラグビー部が「全国大会」出場を決め、その機運が高まっていただけに、本当に悔しい。
また大阪府は、朝鮮学校に対して「改善」を要求している。しかし、同校の卒業生には、弁護士やスポーツ選手として日本社会で活躍している人たちもいる。彼らは、はたして「反日」的な存在だろうか。朝鮮学校を除外することによって、「日本社会に受け入れられない」という感情を子どもたちに与えることになりかねない。
私は保育士として数多くの子どもたちの成長を見守ってきたが、朝鮮学校は単に民族の言葉や情緒を教えるだけでなく、在日コリアンの子どもたちに「君は君のままでいいんだよ」という自尊感情を育てていると感じている。自分のルーツを誇れる教育を行うことはとても大切なことだ。
朝鮮学校に通う子どもたちが心置きなく学べるかどうかは、日本社会をより開かれた豊かなものにしていくという日本人自身の問題だ。日本の子どもたちが外国人学校の子どもたちとの違いを互いに尊重し合えるようになってほしい。そのためにも、一日も早く無条件で、「無償化」を適用すべきだ。
[朝鮮新報 2011.1.7]
何で帰国しないのかな?ホントに。
「高校無償化」制度が始まると聞いたときは、朝から晩まで働いて育ててくれているオモニの負担が軽くなると思い、本当にうれしかった。でもその期待は裏切られた。「私たちの権利がまた踏みにじられた」という憤りでいっぱいだ。
これまで街頭に立ち署名をお願いしたりビラを配ったりと、多くの人たちに訴えてきた。暴力的な言葉を投げてくる人たちもいたが、多くの日本人が応援してくれた。これから共に日本社会で生きていく高校生たちを中心に声をかけた。彼らに私たちのこと、朝鮮学校のことを知ってもらいたかったからだ。
8月に発行された「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」には作品を載せてもらい、私たちの声を多くの人たちに届けることができた。
しかし、今でも朝鮮学校は「高校無償化」制度から除外されたままだ。「結局、何も変わらないじゃないか」という日本政府に対する不信感があるのは確かだけど、この問題をどうにかしなければならないと強く感じている。
そのためにも、当事者である私たちがより多くの人たちに訴え続けることが大切だ。民族教育を受ける私たちがもっと声を上げることで、世論は喚起されるはず。日本政府には、私たちの存在を認めてほしいと願っている。
私たち高3は、もうすぐ卒業する。後輩たちにこの問題を引き継ぎたくない。
園部守 日本朝鮮学術教育交流協会事務局長 教育は人権問題、政治とは別
菅首相は、朝鮮西海での砲撃戦を理由に朝鮮学校への「高校無償化」適用の審査プロセスを停止させた。「外交上の配慮などで判断すべきものでない」とした政府の見解を自ら覆すもので、教育の場に政治問題を持ち込み子どもたちの権利を奪うという、外交の最も稚拙なやり方だ。
日本政府が結論を何度も先送りし、メディアが朝鮮学校に関する誤った情報を流したことで、否定的な感情だけが増幅されてきた。とくに格差社会の中でメディアのあおりを受けた排外主義は、その矛先を朝鮮学校の「補助金」にまで向けた。
そもそも教育は人権問題だ。「誰がどこで何を学ぶのか」は人権として保障されなければならない。歴史や政治についての認識が国々によって異なるのも当然だ。それを「反日的」という言葉でくくるのは危険な考え方だ。
「補助金」支給を決めた松沢成文・神奈川県知事や、知事の判断を尊重するとした横田滋さんも指摘したように、政治問題を朝鮮学校に通う子どもたちに結びつけてはならない。朝鮮学校への「無償化」適用、「補助金」支給が速やかになされるべきだ。
こうした問題はまさに日本社会の問題だ。日本人が今後どのような社会を築いていこうとしているのかが問われている。朝鮮学校や外国人との日頃のつながりの中で人権意識を作り上げていくことが大切だ。
長崎由美子 チョソンハッキョを楽しく支える生野の会代表 違いを尊重し合う社会を
昨今、右傾化している日本では正論が正論として通じなくなっている。政府は「外交上の配慮は判断材料にしない」としながらも、朝鮮半島で砲撃事件が起きると、「高校無償化」適用のプロセスを停止した。大阪朝鮮高級学校ラグビー部が「全国大会」出場を決め、その機運が高まっていただけに、本当に悔しい。
また大阪府は、朝鮮学校に対して「改善」を要求している。しかし、同校の卒業生には、弁護士やスポーツ選手として日本社会で活躍している人たちもいる。彼らは、はたして「反日」的な存在だろうか。朝鮮学校を除外することによって、「日本社会に受け入れられない」という感情を子どもたちに与えることになりかねない。
私は保育士として数多くの子どもたちの成長を見守ってきたが、朝鮮学校は単に民族の言葉や情緒を教えるだけでなく、在日コリアンの子どもたちに「君は君のままでいいんだよ」という自尊感情を育てていると感じている。自分のルーツを誇れる教育を行うことはとても大切なことだ。
朝鮮学校に通う子どもたちが心置きなく学べるかどうかは、日本社会をより開かれた豊かなものにしていくという日本人自身の問題だ。日本の子どもたちが外国人学校の子どもたちとの違いを互いに尊重し合えるようになってほしい。そのためにも、一日も早く無条件で、「無償化」を適用すべきだ。
[朝鮮新報 2011.1.7]
何で帰国しないのかな?ホントに。
これは メッセージ 9990 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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