夕張は反省汁!2
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/21 21:25 投稿番号: [7452 / 10735]
朝鮮で農業をしている時に、北炭夕張に連行され、坑夫として働いた安正玉は、「掘る所は広いが、そこまで這っていかなければならない。朝、炭鉱に入ったら、夜、生きて還ってこれるかわからない恐い所だった。ノルマで決められた仕事をすませないと外に出さないから、ひどい時は、朝の7時から19時間も働かされて、翌朝3時に外に出たなんてこともある。仕事中は、水も飲ませなかったし、便所にも行かせない。ちょっと休んでも、見つかると石をぶつけられる。下手をすると、皮バンドに水を付けて、全身を打たれ半殺しに遭う」と証言している。
毎日の食事は、豆かすが主で、それも量が少ないのでいつも空腹だった。現場から帰るときに知らない家に入り、「飯を食わせてくれ」と頼んだが、食べさせる家はなかった。空腹で長時間酷使されるので、逃亡する人が出た。すると、番犬を連れた山狩りですぐに捕まり、見せしめに大勢の前でリンチを加えた。
捕らえられた朝鮮人は「荒縄で縛られたまま引っ張られてきた。そして、革の鞭や棒で長い間殴られていた。その人は、全身血まみれになり、『アオー、アオー』と叫びながら死んでいった」(本間隆)と、目撃した人は語る。
夕張市の朝鮮人連行者は、年ごとに多くなり、1945年には1万数千人にまで増加している。しかし、日本が敗戦になっても朝鮮人には知らせず働かせ、41日後の9月25日になって知らされた。怒った朝鮮人は、悪質な寮長や現場監督へ報復行動に出たので、鉱業所の幹部職員は、夕張市を離れて身を隠した。しかし、10月9日に朝鮮民衆大会を開き、朝鮮人労働組合の結成へと発展させた。
組合は、北炭に死亡・負傷朝鮮人処置などを提出したが、会社側は、大量離山という状況を利用して要求を実現しなかった。
夕張市の朝鮮人強制連行の実態は、いまもその多くが空白である。(作家、野添憲治)
[朝鮮新報 2008.4.21]
暴行を加えていたの、朝鮮人だったということは周知の事実だけどね。
これは メッセージ 7451 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafl1b2_1/7452.html