朝鮮民族

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

独逸と比べてみたニダ 1

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/20 08:37 投稿番号: [7442 / 10735]
祖国統一問題への視点
避けたい「1民族2社会」

同質化が不可欠
権力の一元化に先行して

イエメンとドイツの教訓

  南北統一は、国土を統合し、統治権力を一元化することだけで終わらない。南北社会の同質化を不可欠の要素とする。
  国家は自然人としての個人の集合体ではなく、大小さまざまな利益集団を基礎単位とする統合体であり、高度に組織された機能体である。それぞれの国家は独自の体制の下で、独自の政治・経済・文化の体系を持ち、物理的な強制力として軍事組織・治安組織・官僚組織を独占する巨大な権力の構成体である。
  したがって、国家と国家を統合するためには、政治体系・経済体系・文化体系の一元化を果たし、軍事組織・治安組織・官僚組織の一本化を成し遂げなければならない。それと平行して、国民的な合意形成を可能にする精神的な共通基盤の拡大が求められる。
  これらがいかに必要であるか、しかしまた、いかに困難であるかは、超強大国として君臨したソ連邦の解体後、その構成国どうしが見せた戦争を含む混乱事態や、ことにユーゴ連邦解体後の戦乱や民族浄化など悲惨な現実が物語っている。
  同一民族の場合でも例外ではない。1990年に南北が平和的な統合を遂げながら、一転して、実質上は北部による武力統一となったイエメンの実例をやや詳しく見ておきたい。南北とも、地域によってセクトは異なるが、ともにイスラム教国である。

指導者だけの合意   イエメン

  北イエメン(1918年、オスマントルコから王国として独立。62年に共和制)は穏健な軍事政権が支配し、南イエメン(67年に英国から独立)は一党独裁の社会主義体制にあった。平和的な統一とともに政治結社や言論の自由化など、開放政策がとられただけでなく、統一から30カ月の暫定期間中は、旧南北の支配勢力が政権を対等に分け合っていた。
  しかし、南北は統一後も別々に独自の軍隊と治安軍を有し、政治体系も相違を残していた。94年に入って、旧南北の支配勢力の間に内戦が勃発し、最終的には旧南イエメンの再分離派が敗北して終わった。統一イエメンは存続したものの、2カ月以上にわたった内戦は数千人の犠牲を生み、社会的、経済的に甚大な打撃と後遺症をもたらした。
  当時のイエメンの人口は、南北合わせて1230万人ほどである。韓半島南北の5000万と2000万、合わせて7000万の人口規模はもちろん、60万と110万の軍事組織、大量破壊兵器を含む火力の集中度合いを考えれば、イエメンのような統一経過をたどるわけにはいかない。統一国家の担保となる韓国の政治的・経済的な蓄積を一挙に失わせ、わが民族を破滅させる。
  現在のイエメンは、石油や天然ガスなど資源に恵まれながらも貧困国に位置づけられ、アラブ諸国では異例の議会制民主主義下にあっても政情不安が続いてきた。南北地域間の格差解消が政情安定の鍵とされている。イエメンのケースは、韓半島南北の統一方案論議に重要な示唆を与えており、「国家連合」と「連邦制」を論じる項でとくに参考にされるだろう。


2に続きます。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)