ウリは台湾のお師匠さんだったニダ3
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/02 22:10 投稿番号: [7339 / 10735]
■報道の自由なく、メモ隠して日本へ
韓国はこんなふうに台湾に影響を与えていた。だが韓国では当時、国内の光州事件も新聞やテレビはまともに報じなかった。
そこに隣国から情報の風穴をあけたのが、日本で岩波書店の月刊誌「世界」に73年から88年まで連載され、軍事独裁政権を告発し続けた「韓国からの通信」だった。
当時、学生運動で当局に目をつけられていたソウル大の朴世逸(パク・セイル)教授(59)は、73年から留学した日本で読んだという。
「あの通信をはじめ、日本には学ぶべき点がたくさんあると思いました。立派な先生が多かったし、韓国の運動を助けた友人もいた。日本は、アジアの民主化に大いに貢献したのではないですか」
ソウルにある高麗大の崔章集(チェ・ジャンジプ)教授(64)のように、米国留学中に読んだ人もいる。
「当時は韓国マスコミは完全な統制下にあったから、国内で何が起きているかわからなかった。運動をしていた学生も、あの通信を通じて事実を知ったのです」
「通信」は韓国へも還流し、学生や知識人に読まれた。民主化運動の中心にいた小説家、黄セキ暎(ファン・ソギョン)さん(65)もその一人だ。
「コピーしたものが、韓国語に翻訳されて闇で流れていた。薬局の主人が翻訳し、光州でパンフレットにしていたんです」
危険を冒して韓国の情報を日本に持ち込む「運び屋」になったのは、日本、韓国、ドイツなどのキリスト教関係者らだった。そこにはたくさんのドラマが生まれた。
ある日本人女性は、ソウルで小さな紙切れを渡された。獄中書簡のようだった。空港の出国検査は厳しい。「ブラジャーに隠そう」。ボディーチェックで紙の感触が伝わらないよう、靴下に包んで胸に収めた。
「韓国からの通信」の著者、T・K生とは誰なのか。長く謎に包まれていたが、03年に宗教哲学者の池明観(チ・ミョングァン)さん(83)が名乗り出た。執筆時は亡命同然に日本に移り住み、東京女子大教授などを務めていた。
韓国に戻った池さんは最近、70年代から80年代の日韓の新聞報道を検証する本を出した。「歴史を忘れないよう、丁寧に記録しておこうと思って。私の本に限らず、韓国はいま、脱民族主義の本が増えてます。まず日韓が協力し、自国中心主義でない東アジアの時代をつくる時が来ました」
今度の大統領選では、かつての独裁政権の流れをひくハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)候補を支持したという。「アジアも世界も変化している。昔のイメージにこだわって、不毛な対立をしている時ではありません」
80年ごろは台湾の情報が届かなかった韓国も、民主化によって大きく変わった。02年、光州市で開かれた光州事件のセミナーに一人の台湾人女性が招かれた。
阮美シュ(げん・みす)さん(79)。47年に武力弾圧で多くの住民が犠牲になった2・28事件で父親を殺された。民主化運動の原点と言われる事件の遺族として、韓国の民主化運動を担った人々と対話する場を得たのだった。
阮さんは、そこで見た光州事件の写真が脳裏に焼き付いているという。「被害者の顔に目はなく、鼻はひしゃげている。2・28事件と同じだ。父もこんなふうに殺されたのかと、涙が止まりませんでした」
独裁政権時代、2・28事件は口にすることもできなかった。92年に出た阮さんの本は、遺族が初めて書いた体験記として注目された。一昨年、日本語に訳され、日本の小さな出版社から発売された。
阮さんはいま、中国の行方が気になる。民主化運動を武力弾圧した天安門事件が起きた89年、重慶に招かれ、学生に質問された。「天安門事件は本当に起きたんですか?」。かつての台湾と同じ情報統制が続いているのか。そう思っていると、別の学生が「台湾に連れて逃げてください」。あの学生はその後どうなったのだろう……。
お気づきでしょうが4があります。
韓国はこんなふうに台湾に影響を与えていた。だが韓国では当時、国内の光州事件も新聞やテレビはまともに報じなかった。
そこに隣国から情報の風穴をあけたのが、日本で岩波書店の月刊誌「世界」に73年から88年まで連載され、軍事独裁政権を告発し続けた「韓国からの通信」だった。
当時、学生運動で当局に目をつけられていたソウル大の朴世逸(パク・セイル)教授(59)は、73年から留学した日本で読んだという。
「あの通信をはじめ、日本には学ぶべき点がたくさんあると思いました。立派な先生が多かったし、韓国の運動を助けた友人もいた。日本は、アジアの民主化に大いに貢献したのではないですか」
ソウルにある高麗大の崔章集(チェ・ジャンジプ)教授(64)のように、米国留学中に読んだ人もいる。
「当時は韓国マスコミは完全な統制下にあったから、国内で何が起きているかわからなかった。運動をしていた学生も、あの通信を通じて事実を知ったのです」
「通信」は韓国へも還流し、学生や知識人に読まれた。民主化運動の中心にいた小説家、黄セキ暎(ファン・ソギョン)さん(65)もその一人だ。
「コピーしたものが、韓国語に翻訳されて闇で流れていた。薬局の主人が翻訳し、光州でパンフレットにしていたんです」
危険を冒して韓国の情報を日本に持ち込む「運び屋」になったのは、日本、韓国、ドイツなどのキリスト教関係者らだった。そこにはたくさんのドラマが生まれた。
ある日本人女性は、ソウルで小さな紙切れを渡された。獄中書簡のようだった。空港の出国検査は厳しい。「ブラジャーに隠そう」。ボディーチェックで紙の感触が伝わらないよう、靴下に包んで胸に収めた。
「韓国からの通信」の著者、T・K生とは誰なのか。長く謎に包まれていたが、03年に宗教哲学者の池明観(チ・ミョングァン)さん(83)が名乗り出た。執筆時は亡命同然に日本に移り住み、東京女子大教授などを務めていた。
韓国に戻った池さんは最近、70年代から80年代の日韓の新聞報道を検証する本を出した。「歴史を忘れないよう、丁寧に記録しておこうと思って。私の本に限らず、韓国はいま、脱民族主義の本が増えてます。まず日韓が協力し、自国中心主義でない東アジアの時代をつくる時が来ました」
今度の大統領選では、かつての独裁政権の流れをひくハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)候補を支持したという。「アジアも世界も変化している。昔のイメージにこだわって、不毛な対立をしている時ではありません」
80年ごろは台湾の情報が届かなかった韓国も、民主化によって大きく変わった。02年、光州市で開かれた光州事件のセミナーに一人の台湾人女性が招かれた。
阮美シュ(げん・みす)さん(79)。47年に武力弾圧で多くの住民が犠牲になった2・28事件で父親を殺された。民主化運動の原点と言われる事件の遺族として、韓国の民主化運動を担った人々と対話する場を得たのだった。
阮さんは、そこで見た光州事件の写真が脳裏に焼き付いているという。「被害者の顔に目はなく、鼻はひしゃげている。2・28事件と同じだ。父もこんなふうに殺されたのかと、涙が止まりませんでした」
独裁政権時代、2・28事件は口にすることもできなかった。92年に出た阮さんの本は、遺族が初めて書いた体験記として注目された。一昨年、日本語に訳され、日本の小さな出版社から発売された。
阮さんはいま、中国の行方が気になる。民主化運動を武力弾圧した天安門事件が起きた89年、重慶に招かれ、学生に質問された。「天安門事件は本当に起きたんですか?」。かつての台湾と同じ情報統制が続いているのか。そう思っていると、別の学生が「台湾に連れて逃げてください」。あの学生はその後どうなったのだろう……。
お気づきでしょうが4があります。
これは メッセージ 7338 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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