ウリは台湾のお師匠さんだったニダ1
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/02 22:05 投稿番号: [7337 / 10735]
相変わらずの脳内お花畑です。
光州と高雄、響き合う東アジア
響き合う東アジア
前に見たような光景だな――。
22日に投開票された台湾総統選を見ていて、そう思った。3カ月前の韓国大統領選とあまりによく似ていたからだ。
有力候補がテレビ討論で火花を散らしたかと思うと、あの手この手の非難合戦で追い落としをはかる。集会には人があふれ、まるでロック歌手のコンサートだ。
そうした熱気だけでなく、選挙の構図も同じといっていいほどだった。
かつて命がけの民主化闘争をした陣営が現職として受けて立つ。彼らを弾圧した独裁政権の流れをくむ陣営がそれに挑む。そして政権交代。二大政党制をめざしつつ、政権交代がなかなか実現しない日本とは違う民主主義が育っているかに見える。
その土台には、長い独裁政権時代の体験と、それを倒そうとした民主化のエネルギーがあるのだろう。そう思いながら、韓国と台湾の民主化の歴史を振り返ると、これまた実によく似ていることに気づく。
私たちは、80年ごろに起きた事件に目を向けた。韓国の光州(クヮンジュ)事件と、台湾の美麗島(メイリータオ)事件だ。民主化を求める人々を独裁政権が弾圧し、それでかえって民主化の火が燃えさかり、消せなくなった。よく似た事件がほぼ同時に起きたのは偶然だろうか。
80年5月18日。韓国の光州市でタクシー運転手をしていた李行基(イ・ヘンギ)さん(56)は、その日のことを今も忘れない。
いつもの学生デモか。そう思って眺めていると、学生たちは兵士に追い回され、こん棒で激しく殴られていた。見かねて車に乗せる。兵士は運転手や市民にも襲いかかった。これが光州事件の始まりだった。
翌日以降も市民の抗議デモが続き、戒厳軍とにらみあった。ヘッドライトをつけ、クラクションを鳴らすタクシーやバスがデモに加わり、隊列を組んでじりじり進む。300台にふくらみ、「タクシー部隊」と呼ばれた。李さんもその中にいた。前方には、装甲車や銃を構える兵士がいた。
「全く怖くなかった。まわりには市民がたくさんいて、逆に勇気がわいた」
やがて催涙弾が撃たれ、白煙で前が見えなくなった。突然、銃床でフロントガラスをたたき割られた。引きずりだされ、体中をめった打ちにされた。集まった市民は逃げまどい、李さんも病院に運ばれた。
民主化を叫ぶ学生らのデモはきっかけに過ぎなかった。無差別の暴力に対する普通の市民の怒りが闘いの原動力となった。炊き出しをして支えた女性たちもいた。
今も毎年5月には、あの日のようにタクシーが隊列を組んで街を走る。「仲間や光州市民の犠牲の上に民主化が成し遂げられた。そんな自負があるんです」
2に続きます。
光州と高雄、響き合う東アジア
響き合う東アジア
前に見たような光景だな――。
22日に投開票された台湾総統選を見ていて、そう思った。3カ月前の韓国大統領選とあまりによく似ていたからだ。
有力候補がテレビ討論で火花を散らしたかと思うと、あの手この手の非難合戦で追い落としをはかる。集会には人があふれ、まるでロック歌手のコンサートだ。
そうした熱気だけでなく、選挙の構図も同じといっていいほどだった。
かつて命がけの民主化闘争をした陣営が現職として受けて立つ。彼らを弾圧した独裁政権の流れをくむ陣営がそれに挑む。そして政権交代。二大政党制をめざしつつ、政権交代がなかなか実現しない日本とは違う民主主義が育っているかに見える。
その土台には、長い独裁政権時代の体験と、それを倒そうとした民主化のエネルギーがあるのだろう。そう思いながら、韓国と台湾の民主化の歴史を振り返ると、これまた実によく似ていることに気づく。
私たちは、80年ごろに起きた事件に目を向けた。韓国の光州(クヮンジュ)事件と、台湾の美麗島(メイリータオ)事件だ。民主化を求める人々を独裁政権が弾圧し、それでかえって民主化の火が燃えさかり、消せなくなった。よく似た事件がほぼ同時に起きたのは偶然だろうか。
80年5月18日。韓国の光州市でタクシー運転手をしていた李行基(イ・ヘンギ)さん(56)は、その日のことを今も忘れない。
いつもの学生デモか。そう思って眺めていると、学生たちは兵士に追い回され、こん棒で激しく殴られていた。見かねて車に乗せる。兵士は運転手や市民にも襲いかかった。これが光州事件の始まりだった。
翌日以降も市民の抗議デモが続き、戒厳軍とにらみあった。ヘッドライトをつけ、クラクションを鳴らすタクシーやバスがデモに加わり、隊列を組んでじりじり進む。300台にふくらみ、「タクシー部隊」と呼ばれた。李さんもその中にいた。前方には、装甲車や銃を構える兵士がいた。
「全く怖くなかった。まわりには市民がたくさんいて、逆に勇気がわいた」
やがて催涙弾が撃たれ、白煙で前が見えなくなった。突然、銃床でフロントガラスをたたき割られた。引きずりだされ、体中をめった打ちにされた。集まった市民は逃げまどい、李さんも病院に運ばれた。
民主化を叫ぶ学生らのデモはきっかけに過ぎなかった。無差別の暴力に対する普通の市民の怒りが闘いの原動力となった。炊き出しをして支えた女性たちもいた。
今も毎年5月には、あの日のようにタクシーが隊列を組んで街を走る。「仲間や光州市民の犠牲の上に民主化が成し遂げられた。そんな自負があるんです」
2に続きます。
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