朝鮮民族

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3.1独立運動と「民族代表」 4

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/13 09:45 投稿番号: [7114 / 10735]
「民族代表」の独立運動の内実

  二つ目に、「民族代表」の独立運動の内実についての通説が誤っている点である。従来の研究は、それを①独立宣言書の作成・発表、②日本政府・朝鮮総督府への意見書、米国大統領への請願書、パリ講和会議への意見書提出、③全民族的な示威運動、④三教(天道教・キリスト教・仏教)連合、⑤学生との連合とし、当日(3月1日)発表場所をパゴダ公園から朝鮮料理店泰和館に変更した「民族代表」の行動については、運動の暴動化と大衆の犠牲を憂慮した処置であると理解していた。

  しかし、運動計画と場所変更のこのような理解には矛盾がある。もし③と⑤の計画があったとすれば、わざわざ場所を変更する必要もなかったのである。従来の研究は、変更理由について十分に説明していない。

  では、なぜ「民族代表」の独立運動をこのように理解してしまったのであろうか。それはそれまで使っていた史料から多大に影響されていたためである。官憲側の判決文や調査資料などは、3.1運動の原動力や運動主体を「民族代表」や宗教団体に矮小化させているし、また「民族代表」の自叙伝、回想記、伝記などもあたかも自分が3.1運動を発起・計画したかのように描いている。いわば、従来の研究は、史料批判において問題があったのである。

  しかし、1980年代以降、「民族代表」に対する警察・検事・各級法院予審の訊問調書が公開されることによって、3.1運動研究はもっとも重要な史料を得ることができた。訊問調書を詳細に検討すると、「民族代表」には当初から「全民族的な示威運動」や「学生との連合」という計画はなかったことがわかる。

  彼らの運動は、日帝の「理性」に訴えて「自治」もしくは独立をめざすという妥協的性格、欧米列強の「同情」に期待するという外勢依存的性格、そして自分ら一部グループからなる上層運動的性格をもつものであった。

崔南善と韓龍雲

  姜在彦は、「民族代表」の一人であった韓龍雲の「朝鮮独立の書」は崔南善の「独立宣言書」を具体化したものであるとし、両文書を一体にして3.1運動の指導思想を考察したが、はたしてそのような研究方法は妥当であろうか。

  崔の独立宣言書を考察する場合、彼が書いたほかの文書(ウィルソンに送った請願書など)も同時に見なければならないであろう。韓は崔の請願書の内容が嘆願的にすぎていることに非常に驚き、これを批判している。反面、韓の「朝鮮独立の書」は、正義、平和、民族自決の時代がロシア革命、ドイツ革命によって切り開かれ、ポーランド、チェコ、アイルランド、朝鮮などの被圧迫民族によってそれは「昇天の気概と決河の勢い」で前進しているとし、ウィルソンの「民族自決宣言」提唱も、このような世界史の新しい機運を反映したものにすぎないとしている。反帝国主義・民族独立の主体的立場において両文書の相違は明らかであり、その後の両者の足跡がまた、そのことをはっきりと示している。

  前述した「民族代表」の独立運動の限界性は、3月1日のパゴダ公園からはじまる民衆の実際の行動によって乗り越えられていったのである。(康成銀、朝鮮大学校教授)

[朝鮮新報 2008.3.12]


改めてこうして北側の意見を読むと、
安重根を全く評価していないのが解りますね。
「北と共同で発掘したい」
なんて言っていて惨めじゃないのだろうか?
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