朝鮮民族

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薬師寺をウリのものにしたいニダ1

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/10/22 17:54 投稿番号: [5238 / 10735]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2007/06/0706j1022-00001.htm


「ユーラシア出会いのコンサート   in   薬師寺」に関わって

互いを尊敬しあう愉しさを   3年前に構想、多くの人々の協力に感謝

ひときわ温かい拍手が送られた世界遺産・薬師寺金堂での金剛山歌劇団の舞踊
  「ユーラシア出会いのコンサート in 薬師寺」(9月24日)の1カ月前、私は森崎和江著「草の上の舞踏−日本と朝鮮半島の間に生きて−」(藤原書店)を読んでいました。1927年の大邱に被植民者の子として生まれた森崎さんは、幼い頃から朝鮮の人と大地をまっすぐに愛し、母の乳房を吸うように自らの感情と感覚を育て成長します。しかしやがて朝鮮を植民地化した日本人であるという自覚は、聡明な森崎さんを「叫びださずにはいられない」ほど引き裂き苦しめます。

  私には森崎さんとちょうど逆の感覚がありました。ある日、偶然50年前の私自身の出生届のコピーが出てきました。そこには出生の住所や時間、体重、当時の青森市長の名などとともに、私をこの世に取り上げてくれた「吉川アサヲ」という助産婦さんの名が記されていました。一枚の紙に、誕生の朝の輝くような陽光や若かりし父母の面影、今日まで有形無形に授かってきた多くの愛情が思い起こされました。日本の政治には苦しめられましたが、私の周りにはたえずそれを補って余りある、日本の人の愛情深く優しい眼差しがありました。しかしそれは決して偶然ではなく、朝鮮人の魂と文化を護りながらも、一貫して日本では良識ある善き市民として生き、日常の暮らしの中で小さな国際交流を実践していた勤勉で穏やかな両親のお陰でした。

  コンサートを漠然と心の内で考え始めたのは3年前になります。東北生まれの朝鮮人である私が奈良に暮らして25年、朝な夕なに奈良の京の薬師寺を仰ぎ見ているのも不思議な縁です。

それぞれの民族楽器に映し出されている雄大なユーラシアの文化の流れ
  しかし奈良という地名は朝鮮語のナラ(国)が原音といわれるほど古代よりつながりが深い土地だというのに、この地の日本人の意識の中には朝鮮への尊敬というよりは蔑視観が強く感じられ、それと呼応するようにこの地のコリアンたちもまた朝鮮人である自らを愛するよりは、辱めながら生きているのではないかという懸念を覚えていました。


この噴飯物は2につづきます。
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