ホトボリが冷めるまで黙るニダ
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/03/11 12:20 投稿番号: [4329 / 10735]
記事入力 : 2007/03/11 10:01
中央博物館、「無垢浄光大陀羅尼経」制作時期にノーコメント
国立中央博物館は9日、1024年に釈迦塔を重修(修理・補修)した際、「無垢浄光大陀羅尼経」が塔の中に収められたという事実を「釈迦塔重修記」の解読過程で確認したと発表した。
これは、「無垢浄光大陀羅尼経」の制作時期論争(本紙3月9日付報道)について、博物館側の公式見解を表明したもの。「釈迦塔重修記」は、1966年の釈迦塔解体修理の過程で発見された墨書紙片(モチのように固まった状態で発見された110枚余りに上る紙片)の中に含まれていたもので、90年代からその解読作業が進められてきた。
この日、中央博物館は「墨書紙片には、“釈迦塔重修記”および、重修記にも記されている“宝きょう印陀羅尼経”、“布施名公衆僧小名記”(石塔補修にお布施を出した僧侶らの名前などを記した文書)、そして1038年に作成された“重修形止記”(補修工事のてんまつを記録した文書)など、少なくとも4種類の文書が含まれている。このうち、1022年1月から24年3月までの釈迦塔重修の過程を記録した“釈迦塔重修記”には、重修を終える際に釈迦塔の中に収めた物品の目録が一部記されており、“無垢浄光大陀羅尼経”もこの際に収められたことが確認された」と発表した。
また博物館側は、重修記などを含む墨書紙片は、筆写本として制作された後、折りたたんで舎利函の底に収められたが、折り目の部分が腐食し、現在は破れた状態になっていると説明した。「釈迦塔重修記」は横50センチ、縦30センチ程度の紙5枚をつないで1枚にしたものだったが、現在は破れて30枚の紙片に分かれており、「宝きょう印陀羅尼経」も12枚に分かれているという。
しかし、「世界最古の木版印刷物」でなくなる可能性が注目されている「無垢浄光大陀羅尼経」の制作時期については、博物館側は一切言及せず、「墨書紙片に対する調査作業を終え次第、結果を発表する予定」と述べるにとどまった。
この件について、中央博物館の金紅男(キム・ホンナム)館長は「“無垢浄光大陀羅尼経”がいつの時代に制作されたかについては、新羅時代と高麗時代とで可能性は半々だ。中国や日本など、周辺国の歴史歪曲も相次いでいる微妙な状況の中、いまだ墨書紙片の全体的な解読作業も終わっていないため、墨書紙片や重修記の原本を全面公開することはできない」と語った。
また、匿名を希望するある博物館関係者は「“無垢浄光大陀羅尼経”の制作時期については、現在われわれも正確には分からない状況」と説明した。
なお、「無垢浄光大陀羅尼経」を釈迦塔の中に収めたと記録している重修記の内容に関する国立中央博物館の判読文とその現代語訳(金彦鍾〈キム・オンジョン〉高麗大漢文学科教授訳)は以下の通りだ。
◆判読文
「○」は判読不明の文字か欠字を示し、「|」は折り目の部分が破れ、紙が分かれている部分を示している。なお、原文(写真)は縦方向から読む。
「○○矣台錦刀冬音一銅鍍金○|○刀冬音一无垢浄光陀羅尼(経と推定)(以上1行目) 九偏全金瓶一随錦一 舎利八○|○金○一随錦刀冬音一无垢浄光陀羅(以上2行目) 尼経一巻随錦一右之安蔵為白置|(以上3行目)」
◆現代語訳
漢文と吏読(漢字による朝鮮語の表記)が入り混じっているため、現段階では完全に明確ではないが、おおよその意味は以下の通り。
「台錦刀1束と銅に金メッキを施した○、○刀1束、無垢浄光陀羅尼経…、金製の瓶1つ、随錦1つ、舎利8○(果?)、随錦刀1束、巻物状の無垢浄光陀羅尼経1巻、随錦1つなどをこの塔に安置しました」
慎亨浚(シン・ヒョンジュン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/11/20070311000007.html
>なお、原文(写真)は縦方向から読む。
こんなことも知らないのか?
それと、写真で見る限り墨が新しすぎるぞよ。
中央博物館、「無垢浄光大陀羅尼経」制作時期にノーコメント
国立中央博物館は9日、1024年に釈迦塔を重修(修理・補修)した際、「無垢浄光大陀羅尼経」が塔の中に収められたという事実を「釈迦塔重修記」の解読過程で確認したと発表した。
これは、「無垢浄光大陀羅尼経」の制作時期論争(本紙3月9日付報道)について、博物館側の公式見解を表明したもの。「釈迦塔重修記」は、1966年の釈迦塔解体修理の過程で発見された墨書紙片(モチのように固まった状態で発見された110枚余りに上る紙片)の中に含まれていたもので、90年代からその解読作業が進められてきた。
この日、中央博物館は「墨書紙片には、“釈迦塔重修記”および、重修記にも記されている“宝きょう印陀羅尼経”、“布施名公衆僧小名記”(石塔補修にお布施を出した僧侶らの名前などを記した文書)、そして1038年に作成された“重修形止記”(補修工事のてんまつを記録した文書)など、少なくとも4種類の文書が含まれている。このうち、1022年1月から24年3月までの釈迦塔重修の過程を記録した“釈迦塔重修記”には、重修を終える際に釈迦塔の中に収めた物品の目録が一部記されており、“無垢浄光大陀羅尼経”もこの際に収められたことが確認された」と発表した。
また博物館側は、重修記などを含む墨書紙片は、筆写本として制作された後、折りたたんで舎利函の底に収められたが、折り目の部分が腐食し、現在は破れた状態になっていると説明した。「釈迦塔重修記」は横50センチ、縦30センチ程度の紙5枚をつないで1枚にしたものだったが、現在は破れて30枚の紙片に分かれており、「宝きょう印陀羅尼経」も12枚に分かれているという。
しかし、「世界最古の木版印刷物」でなくなる可能性が注目されている「無垢浄光大陀羅尼経」の制作時期については、博物館側は一切言及せず、「墨書紙片に対する調査作業を終え次第、結果を発表する予定」と述べるにとどまった。
この件について、中央博物館の金紅男(キム・ホンナム)館長は「“無垢浄光大陀羅尼経”がいつの時代に制作されたかについては、新羅時代と高麗時代とで可能性は半々だ。中国や日本など、周辺国の歴史歪曲も相次いでいる微妙な状況の中、いまだ墨書紙片の全体的な解読作業も終わっていないため、墨書紙片や重修記の原本を全面公開することはできない」と語った。
また、匿名を希望するある博物館関係者は「“無垢浄光大陀羅尼経”の制作時期については、現在われわれも正確には分からない状況」と説明した。
なお、「無垢浄光大陀羅尼経」を釈迦塔の中に収めたと記録している重修記の内容に関する国立中央博物館の判読文とその現代語訳(金彦鍾〈キム・オンジョン〉高麗大漢文学科教授訳)は以下の通りだ。
◆判読文
「○」は判読不明の文字か欠字を示し、「|」は折り目の部分が破れ、紙が分かれている部分を示している。なお、原文(写真)は縦方向から読む。
「○○矣台錦刀冬音一銅鍍金○|○刀冬音一无垢浄光陀羅尼(経と推定)(以上1行目) 九偏全金瓶一随錦一 舎利八○|○金○一随錦刀冬音一无垢浄光陀羅(以上2行目) 尼経一巻随錦一右之安蔵為白置|(以上3行目)」
◆現代語訳
漢文と吏読(漢字による朝鮮語の表記)が入り混じっているため、現段階では完全に明確ではないが、おおよその意味は以下の通り。
「台錦刀1束と銅に金メッキを施した○、○刀1束、無垢浄光陀羅尼経…、金製の瓶1つ、随錦1つ、舎利8○(果?)、随錦刀1束、巻物状の無垢浄光陀羅尼経1巻、随錦1つなどをこの塔に安置しました」
慎亨浚(シン・ヒョンジュン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/11/20070311000007.html
>なお、原文(写真)は縦方向から読む。
こんなことも知らないのか?
それと、写真で見る限り墨が新しすぎるぞよ。
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