「科協」についての説明 2
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/28 12:22 投稿番号: [3607 / 10735]
●科協がひしめく国内IT企業とその周辺
では手始めに「鄭明洙」氏の名を、ネット検索の基本中の基本、Googleで検索してみるとしよう。「キララ」なる愛らしい名称のホームページが見つかるであろう。
キララ(KIRARA-Korean Information Research and Resource Association)という英語名称を持つ「在日コリアン同胞による科学技術者ネットワーク」が、サイトの説明どおり「年4回の定例会」をはじめ活発に活動しているのかどうかは不明だ。ページの著作権表示から察するに、2000年以降は更新されていないのではないかとさえ思える。
KIRARAが設立されたのは1997年の2月。"Welcome"を見てみる。仲間の在日朝鮮人科学者たちへ宛てたかのようなメッセージがある。96年末のおそらくは忘年会だろう、夢に燃える若き研究者たちとの楽しげなひとときと、新年の抱負が綴られている。
著者署名は「1997年旧暦の正月、KIRARA会長・鄭明洙」。文章を注意して読むと、簡明な筆致のなかにこの書き手の性格を漠然と推し量ることができよう。若者に慕われ、興が乗れば徹夜も厭わず、会長として独善的ではない……そして「未来の扉を開く英知を惜しまぬ研究者」「民族の血を受け継ぐ者」「強い絆」「永遠のテーマ」など、若者に呼応する情熱的な語句が散見される。
掲示板には投稿が殆ど見られない。だが「行事案内掲示板」には2003年3月29日に開催された「第5回KIRARA会および新年会」のお知らせがある。東京の文京区本郷にある学士会館分館で夕方から行われたこの催しでの講演者は、やはり鄭明洙氏となっている。
先の"Welcome"をもう一度見てほしい。この文が書かれた翌年(98年)の忘年会、ひいては情報技術研究者の集まりについて、「目標は全国区で 100名、関東だけで60名」としている。閑散としたホームページの一方では、今年も「第6回KIRARA会および新年会」が開かれるだろう。設立から7 年、鄭明洙氏のもとに集う「目標値」はとうに達し、強い紐帯で結ばれた在日朝鮮人情報技術専門家たちは、それぞれの役割を担って活動を続けているはずだ。それは、一般社会に知らしめる必要もなければ、あるいはなるべくなら知られてほしくない類のものかもしれぬ。KIRARAホームページが事実上「死んでいる」にもかかわらず、2002年にはパスワードで制限されていたページが「工事中」に変わるなど、微妙だが機能的に大きな変化があったのは、KIRARA が秘かに動いていることを間接的に示している。
3に続きます。
では手始めに「鄭明洙」氏の名を、ネット検索の基本中の基本、Googleで検索してみるとしよう。「キララ」なる愛らしい名称のホームページが見つかるであろう。
キララ(KIRARA-Korean Information Research and Resource Association)という英語名称を持つ「在日コリアン同胞による科学技術者ネットワーク」が、サイトの説明どおり「年4回の定例会」をはじめ活発に活動しているのかどうかは不明だ。ページの著作権表示から察するに、2000年以降は更新されていないのではないかとさえ思える。
KIRARAが設立されたのは1997年の2月。"Welcome"を見てみる。仲間の在日朝鮮人科学者たちへ宛てたかのようなメッセージがある。96年末のおそらくは忘年会だろう、夢に燃える若き研究者たちとの楽しげなひとときと、新年の抱負が綴られている。
著者署名は「1997年旧暦の正月、KIRARA会長・鄭明洙」。文章を注意して読むと、簡明な筆致のなかにこの書き手の性格を漠然と推し量ることができよう。若者に慕われ、興が乗れば徹夜も厭わず、会長として独善的ではない……そして「未来の扉を開く英知を惜しまぬ研究者」「民族の血を受け継ぐ者」「強い絆」「永遠のテーマ」など、若者に呼応する情熱的な語句が散見される。
掲示板には投稿が殆ど見られない。だが「行事案内掲示板」には2003年3月29日に開催された「第5回KIRARA会および新年会」のお知らせがある。東京の文京区本郷にある学士会館分館で夕方から行われたこの催しでの講演者は、やはり鄭明洙氏となっている。
先の"Welcome"をもう一度見てほしい。この文が書かれた翌年(98年)の忘年会、ひいては情報技術研究者の集まりについて、「目標は全国区で 100名、関東だけで60名」としている。閑散としたホームページの一方では、今年も「第6回KIRARA会および新年会」が開かれるだろう。設立から7 年、鄭明洙氏のもとに集う「目標値」はとうに達し、強い紐帯で結ばれた在日朝鮮人情報技術専門家たちは、それぞれの役割を担って活動を続けているはずだ。それは、一般社会に知らしめる必要もなければ、あるいはなるべくなら知られてほしくない類のものかもしれぬ。KIRARAホームページが事実上「死んでいる」にもかかわらず、2002年にはパスワードで制限されていたページが「工事中」に変わるなど、微妙だが機能的に大きな変化があったのは、KIRARA が秘かに動いていることを間接的に示している。
3に続きます。
これは メッセージ 3606 (jgeilsbandfreek さん)への返信です.
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