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「歴史」資料館(2)

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/08/17 09:59 投稿番号: [2598 / 10735]
  −−在日同胞が歴史を知るという意味はどこらへんにあるのか。

  姜   自分たちの祖父母の世代の歴史をきちっと知ることが、自らの存在証明につながる。戦後の日本が在日に対してどういう政策をとってきたのか。解放後、日本がわれわれに対してやってきたことはといえば、よけいもの、邪魔者、第三国人扱いだった。

  サンフランシスコ条約以降は全ての法律に外国人は除くという但し書きがついて差別される。50年代はいちばん差別がひどかった。そうした結果として金嬉老事件や小松川事件、そして日立就職差別事件が起きた。

  4、5年前のこと。当時の入管局長がNHKの特別放送のなかで「あと20年も経てば在日は社会からすべて消えてなくなる」とさえ言った。しかし、この50数年の間、日本政府が在日にとってきた政策にきちっと立ち向かわず、間違いを是正しないまま、われわれ在日の状況を考えても話にならない。いったいこれまで日本が在日にとってきた政策が、ルーツの異なる外国籍者が共存できる、国際社会に通じるそういうものであったのか、なかったのか。そのことをわれわれが発信しなければならない。

  河   入管局長の発言はわれわれへのアンチテーゼと受け止めるべきではないのか。だからこそわれわれは具体的行動をスタートさせました。われわれを取りまく日本社会の環境は閉鎖的で排外性も顕著、政策も内向きのものを打ち出している。そのために民族差別、偏見が助長されているという事実があるわけです。だからこそ、それを改善していくための戦略戦術を立てていかなければならない。その一つの手段として歴史館をつくりたいと思うようになったわけです。私はこの歴史館では在日コリアンのみならず日本人にも勉強してほしいと思っています。

  宋   私は一貫して日本の教育を受け、いじめられて育った。劣等感の固まりだった。外国人だし差別されて当然と考えていた。31歳までは日本人以上の日本人になろうと帰化のみを考えて生きてきた。それが本当の歴史を知ることによって刺激を受け、すべての価値観が変えられた。

  知った者の責任は知らせること。無関心は罪と思い、日本の着物を捨て、子どもの入学式・卒業式にはチマ・チョゴリを着るようになったんです。

  河   日本社会の枠の中で長く生活し、経済活動をしていると、日本社会で評価されるには正直いうと、ほとんどの人にとって金しかないんですよ。そこのところに僕はいちばんの問題点があると思う。在日には民族的偏見や差別を受ける根拠はない。なにも、自らのルーツに対してネガティブになる必要はないんだと。ならば自分も思っていること、やりたいことをやってみようということになった。

  宋   私がいちばん誇りを持ったのは日本の植民地統治に抵抗し、立ち上がった祖国の民衆の生きかたですよ。25年前初めてパコダ公園に行き、2・8や3・1独立運動の崇高な精神を忘れまいと、公園の土をそっと持って帰りました。その土はいまでも私の部屋に置いて毎日見ては励まされています。

  姜   在日って日本社会から見えにくいんです。否、見えにくくされているんです。それが差別だし排外・同化なんです。それが見えるようにしないといけない。見えれば違いがわかり、差別がおかしいということもわかるしね。その違いがわからないところで隠されていて、一部権力者のいうとおりに日本人がみんな右へならえしている状況がいちばん怖い。

  差別の重さにわれわれはものをいえない状況ですよ。だから、われわれの博物館、あるいは資料館というものは、われわれが見える存在だということを発信する場、資料館はそういう役割を持っている。
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