中央日報の記事極めつけ
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/08/16 11:13 投稿番号: [2581 / 10735]
徹底的に馬鹿です。
政府に「お前も出入り禁止だ」と脅されているのでしょうか?
【コラム】小泉首相に
最後までやってくれました。任期満了をひと月前に控えた終戦の日に靖国神社を参拝するとは。
行く行くと言っていましたが本当に行くとは思いませんでした。これって「小泉式有終の美」なのでしょうか。首相が属した派閥の首長である森喜朗前首相も首相に会って終戦日の靖国参拝を積極的にやめるように言ったと聞きました。しかしいくら周辺からそのように助言されても結局は馬の耳に念仏だったようですね。
もとはといえば首相は5年4カ月の在任期間中、毎年靖国神社を参拝しながら気まずかったはずです。「どんな非難があっても『8.15』靖国参拝をする」という公約を1回も守ることができなかったからです。首相は退く直前にそれを実行しました。そのためか昨日、靖国参拝の現場で見守った首相の表情は何か違いました。「韓国と中国の圧力に屈服せずに約束を守った」と胸がいっぱいだったからでしょうか。
しかし首相、なぜかほろ苦い思いです。むなしくもあります。そして腹も立ちます。なぜでしょうか。
第一、首相にその公約を守りなさいと言った人は極少数でした。首相自らが自分の首を絞めただけです。そして首相、就任前「新規国債の発行を30兆円以下に抑制する」としていたもう1つの公約を覚えていますか。首相はそれを守ることはできませんでした。そして「この程度の約束を守れなかったのはたいしたことではない」と言いました。すなわち、公約のため終戦日に靖国神社へ行ったというへりくつは通じないという話です。
もう1つ言いましょうか。就任初年度である2001年終戦日に参拝しない理由を談話で発表しました。「終戦の日の参拝によって平和を大事にする日本の基本的立場に疑いをもたらす余地があればそれは決して私の願うところではない」。その翌年、4月の参拝のときも同じようなことを言いました。それでは今回の終戦日の参拝は何ですか。疑いを買ってもいいという話ですか。
2つ目、首相は韓国と中国の反発を責めながら「『心』の問題なのにどうして反発するのか」と怒りました。しかし心も心次第です。他人が認めない心は稚気や傲慢に近いですね。1985年、首相としては初めて靖国神社を公式参拝したが、翌年これをやめた中曽根康弘元首相が、少し前、首相に当てつけて言ったのを聞きました。「『自分の心』は世界に通用しない」。その通りだと思います。教会で結婚式を挙げれば大部分の人が「あの人はキリスト教を信じているんだなあ」と思うものです。そう思うことをとがめないでください。
第三、靖国神社へ行き「主権国家の合理的権利」うんぬんなどとは言わないでください。それはミサイルを打った北朝鮮が言う話でしょう。世界経済大国2位のリーダーの言う言葉ではありません。国力にふさわしい言葉、そして外交をしなければならないと思いませんか。
2003年11月官邸で首相に会ったとき、首相は世論の批判に「一に耐え、ニにも耐え、三にも耐える」と言いました。しかし今振り返れば耐えてばかりで変わったものがありません。だから日本を見る韓国と中国の国民の考えも変わりません。
しかしもう「小泉劇場」は幕を降ろします。去る人に騒々しく問題視して見たところで韓国、日本ともに役には立たないようです。別な見方をすれば首相は次の首相、そして隣国に「これ以上仲が悪くなることはできない」という意図しなかった贈り物を残して退くかもしれません。
首相、1カ月後「前職首相」になったら思いきり靖国へ行って参拝してください。そのときは誰も何だかんだ言わないはずです。
しかし覚えていてください。首相は外国の圧力に屈しなかったリーダーではなく、隣国との関係を最悪なものに導いた人物として歴史に名が残るかもしれないということを。
8月15日。真夏の東京のようにいっそう蒸し暑く感じられた1日でした。
金玄基(キム・ヒョンギ)東京特派員
2006.08.16 10:29:22
政府に「お前も出入り禁止だ」と脅されているのでしょうか?
【コラム】小泉首相に
最後までやってくれました。任期満了をひと月前に控えた終戦の日に靖国神社を参拝するとは。
行く行くと言っていましたが本当に行くとは思いませんでした。これって「小泉式有終の美」なのでしょうか。首相が属した派閥の首長である森喜朗前首相も首相に会って終戦日の靖国参拝を積極的にやめるように言ったと聞きました。しかしいくら周辺からそのように助言されても結局は馬の耳に念仏だったようですね。
もとはといえば首相は5年4カ月の在任期間中、毎年靖国神社を参拝しながら気まずかったはずです。「どんな非難があっても『8.15』靖国参拝をする」という公約を1回も守ることができなかったからです。首相は退く直前にそれを実行しました。そのためか昨日、靖国参拝の現場で見守った首相の表情は何か違いました。「韓国と中国の圧力に屈服せずに約束を守った」と胸がいっぱいだったからでしょうか。
しかし首相、なぜかほろ苦い思いです。むなしくもあります。そして腹も立ちます。なぜでしょうか。
第一、首相にその公約を守りなさいと言った人は極少数でした。首相自らが自分の首を絞めただけです。そして首相、就任前「新規国債の発行を30兆円以下に抑制する」としていたもう1つの公約を覚えていますか。首相はそれを守ることはできませんでした。そして「この程度の約束を守れなかったのはたいしたことではない」と言いました。すなわち、公約のため終戦日に靖国神社へ行ったというへりくつは通じないという話です。
もう1つ言いましょうか。就任初年度である2001年終戦日に参拝しない理由を談話で発表しました。「終戦の日の参拝によって平和を大事にする日本の基本的立場に疑いをもたらす余地があればそれは決して私の願うところではない」。その翌年、4月の参拝のときも同じようなことを言いました。それでは今回の終戦日の参拝は何ですか。疑いを買ってもいいという話ですか。
2つ目、首相は韓国と中国の反発を責めながら「『心』の問題なのにどうして反発するのか」と怒りました。しかし心も心次第です。他人が認めない心は稚気や傲慢に近いですね。1985年、首相としては初めて靖国神社を公式参拝したが、翌年これをやめた中曽根康弘元首相が、少し前、首相に当てつけて言ったのを聞きました。「『自分の心』は世界に通用しない」。その通りだと思います。教会で結婚式を挙げれば大部分の人が「あの人はキリスト教を信じているんだなあ」と思うものです。そう思うことをとがめないでください。
第三、靖国神社へ行き「主権国家の合理的権利」うんぬんなどとは言わないでください。それはミサイルを打った北朝鮮が言う話でしょう。世界経済大国2位のリーダーの言う言葉ではありません。国力にふさわしい言葉、そして外交をしなければならないと思いませんか。
2003年11月官邸で首相に会ったとき、首相は世論の批判に「一に耐え、ニにも耐え、三にも耐える」と言いました。しかし今振り返れば耐えてばかりで変わったものがありません。だから日本を見る韓国と中国の国民の考えも変わりません。
しかしもう「小泉劇場」は幕を降ろします。去る人に騒々しく問題視して見たところで韓国、日本ともに役には立たないようです。別な見方をすれば首相は次の首相、そして隣国に「これ以上仲が悪くなることはできない」という意図しなかった贈り物を残して退くかもしれません。
首相、1カ月後「前職首相」になったら思いきり靖国へ行って参拝してください。そのときは誰も何だかんだ言わないはずです。
しかし覚えていてください。首相は外国の圧力に屈しなかったリーダーではなく、隣国との関係を最悪なものに導いた人物として歴史に名が残るかもしれないということを。
8月15日。真夏の東京のようにいっそう蒸し暑く感じられた1日でした。
金玄基(キム・ヒョンギ)東京特派員
2006.08.16 10:29:22
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