釜山閣僚級会談なぜ決裂?
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/07/21 11:59 投稿番号: [1991 / 10735]
そこが知りたいQ&A−釜山閣僚級会談なぜ決裂?
軍事的緊張 原因と解決法に見解の差
【平壌発=李相英記者】11日から釜山で開かれていた第19回北南閣僚級会談が、何の成果も得られず当初の日程を一日繰り上げ13日に終了した。今回の会談は、今月5日の北側のミサイル発射以後、初めて開催される北南対話とあって、その結果に内外の注目が集まった。しかし、会談の合意事項が反映される共同報道文は発表されず次回の日程も決まらぬまま、事実上の物別れに終わった。会談終了後発表された北側代表団の声明は、「決裂の責任は全的に南側にある」とし、南の対話姿勢を激しく非難した。会談はなぜ成果なく終わったのか。双方の主張と対立点を通じて浮かび上がった決裂の原因、今後の北南関係の行方などについて見た。
Q 情勢が非常に緊迫するなかでの会談だった。
A 今回の会談は北の「ミサイル問題」を巡って、国連安保理を舞台に関係各国の駆け引きが続き、日本では「先制攻撃発言」まで飛び出すなど、朝鮮半島情勢の危機の度数が高まるなか開催された。会談は難航が予想されたが、逆に言えば、対決の制度的障壁の除去という北南関係発展における「根本問題」の解決に道筋をつけることで、北と南の共同歩調を実現させ、状況打開の突破口を切り開く可能性を秘めた場でもあった。
19回を数える閣僚級会談の歴史上、共同報道文が発表されずに終わった例は、01年11月の第6回会談に続き二度目。日程を繰り上げての終了は初めてだ。
Q 会談で双方は何を主張したのか。
A 全体会議で北側は、今回の会談について、「急変する内外情勢と北南関係発展の見地から見て大変重要な時期に開かれた」と意義を付与したうえで、双方が実質的な関係発展のための「現実的かつ画期的な方途」について真しに討議すべきだと主張した。このような立場から、◆相手側の体制と尊厳を象徴する聖地と名所、参観地などに対する自由な訪問◆外勢との合同軍事演習の中止◆「保安法」の廃止◆離散家族再会事業など人道主義的問題の解決等を提案した。
一方南側は、北側のミサイル発射に「遺憾」の意を表し、「追加発射」の自制と「6者会談早期復帰」を求めた。米国の軍事的圧力政策に目をつぶる一方、北のミサイル発射のみを問題にし、北南間の懸案問題については言及を避けた。
軍事的緊張 原因と解決法に見解の差
【平壌発=李相英記者】11日から釜山で開かれていた第19回北南閣僚級会談が、何の成果も得られず当初の日程を一日繰り上げ13日に終了した。今回の会談は、今月5日の北側のミサイル発射以後、初めて開催される北南対話とあって、その結果に内外の注目が集まった。しかし、会談の合意事項が反映される共同報道文は発表されず次回の日程も決まらぬまま、事実上の物別れに終わった。会談終了後発表された北側代表団の声明は、「決裂の責任は全的に南側にある」とし、南の対話姿勢を激しく非難した。会談はなぜ成果なく終わったのか。双方の主張と対立点を通じて浮かび上がった決裂の原因、今後の北南関係の行方などについて見た。
Q 情勢が非常に緊迫するなかでの会談だった。
A 今回の会談は北の「ミサイル問題」を巡って、国連安保理を舞台に関係各国の駆け引きが続き、日本では「先制攻撃発言」まで飛び出すなど、朝鮮半島情勢の危機の度数が高まるなか開催された。会談は難航が予想されたが、逆に言えば、対決の制度的障壁の除去という北南関係発展における「根本問題」の解決に道筋をつけることで、北と南の共同歩調を実現させ、状況打開の突破口を切り開く可能性を秘めた場でもあった。
19回を数える閣僚級会談の歴史上、共同報道文が発表されずに終わった例は、01年11月の第6回会談に続き二度目。日程を繰り上げての終了は初めてだ。
Q 会談で双方は何を主張したのか。
A 全体会議で北側は、今回の会談について、「急変する内外情勢と北南関係発展の見地から見て大変重要な時期に開かれた」と意義を付与したうえで、双方が実質的な関係発展のための「現実的かつ画期的な方途」について真しに討議すべきだと主張した。このような立場から、◆相手側の体制と尊厳を象徴する聖地と名所、参観地などに対する自由な訪問◆外勢との合同軍事演習の中止◆「保安法」の廃止◆離散家族再会事業など人道主義的問題の解決等を提案した。
一方南側は、北側のミサイル発射に「遺憾」の意を表し、「追加発射」の自制と「6者会談早期復帰」を求めた。米国の軍事的圧力政策に目をつぶる一方、北のミサイル発射のみを問題にし、北南間の懸案問題については言及を避けた。
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