朝鮮食べ物談義

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キムチづくり半世紀

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/20 08:53 投稿番号: [2907 / 6487]
母娘2代   本物の味追求
第一物産の黄恵蘭社長

  在日同胞多住地域として知られる東京・東上野。焼肉店や韓国食品、チマ・チョゴリの店が軒を並べる。その一角で手作りのキムチを販売するのが第一物産。1960年の創業で、半世紀近い。

オモニの信念で

  「今は亡きオモニの姜恩順が、若い時からすべて仕切ってきた。そのオモニが信念としたのが手作りの味。キムチを作る人のぬくもりが手から伝わるものだ、とよく教えられた」

  「白菜は日本産、唐辛子は韓国産」にこだわる。白菜キムチの味の決め手は、白菜の良し悪しにかかっているからだ。割高でも高原野菜の農家と年間契約で仕入れる。

  創業当時、顧客はほとんどが同胞だった。「日本人がキムチに関心を持ち始めたのは、1988年のソウル五輪前後。キムチの需要が急速に増えた」。

  87年の松が谷工場を手始めに、92年に竜泉物流センター、2000年に野田工場を、相次いで首都圏に設立した。03年には福島県の白河工場でナムルの生産を始めた。韓国食品の発送先は北海道から沖縄まで。

  「食品の衛生管理は工場の入口から出口まで徹底管理している。原材料のサイバー履歴にも万全を尽くし、安心・安全な食品づくりに努めている」。社員は180人余、07年度売上額は約23億円。

社員に支えられ

  「幼いころのオモニの記憶といえば、玄関を出る時の後姿。自分は工場のハルモニたちに育てられた。オモニは時間があれば、社員の家族や取引先、教会の知人など、常に誰かのために行動していた」と語る。

  「今日あるのは、生涯、韓国食品の普及に尽くしたオモニが築いた信用のおかげ」と強調する。3年前、突然に倒れ、帰らぬ人となった。心身ともに疲れ、ボー然としていた時、社員たちが「自分たちが支えるので頑張って」と励ましてくれた言葉に勇気づけられた。

  「第一物産のために人生を賭けている社員がいることを知った。これこそ先代が残してくれた大きな財産」と実感した。「オモニが命をかけて守り続けた会社を、今度は自分が守らなければ」と決意した。

  「これでいいのか、常に疑問を持て」。オモニからよく言われた言葉だった。

  組織力を強くするためにはどうするか。社員一人ひとりと面談した。「皆が会社に対して、人生に対してどう考えるのか。自分にとっていい勉強になった」。職場が離れているので、共通目標の共有が大事だと考えた。そこで次のような経営の心得を作った。▽共に学び、追求し、改善する▽信頼され、愛され続ける商品づくり▽安心・安全な商品づくり▽挑戦し続ける精神−−。

  「キムチに保存料を使ってないので酸っぱくなりやすいが、それが本当に熟成したキムチ。健康にいいことをもっと広報したい」。また、「セロリー、トマト、ラッキョウ、ゴーヤなど旬な野菜を材料にしたキムチにチャレンジしたい」と抱負を語る。

  「オモニからは、目の前に見えることがすべてだと思うな。視野を広げよ」と教育された。高校から米国に行き、ドイツや韓国にも行かせてくれたことに感謝する。

  韓国では必ず市場に立ち寄る。「オモニがたどったところを歩いてみたい」。母娘2代にわたる味の追求は続く。

(2008.4.16   民団新聞)


>高校から米国に行き、ドイツや韓国にも行かせてくれたことに感謝する。

「帰国」させてくれた日本に一番感謝するように!
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