朝鮮を笑う

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街道を逝く 大和のみち⑩

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/20 09:53 投稿番号: [698 / 2847]
  鶴橋駅の環状線のホームにはロッテリアがある。いかにも韓民族のまちらしい。
  大阪城公園駅までは10数分かかる。森ノ宮駅を出たところで、高架だった線路は高度を下げ地上におりる。
「あれをみてください」
  殿波さんの指さす方向は、大阪城とは反対の線路の東がわである。JRと地下鉄の操車場がひろがっている。
「戦争前はここに陸軍の砲兵工廠があったんで、防諜のためにこの区間だけ線路を地上におろしたんです」
  明治初期、日本屈指の軍略家だった大村益次郎は、韓半島侵略を計画し、ここに砲兵工廠を置いた。20年後をみこしたこの戦略は日本人ばなれしている。
  かれを題材とした「火神」という作品をかいたきっかけは、かれの写真であった。おでこが大きくはりだしており、その容貌からしてつねの日本人ではない。
(ひょっとしたら韓民族ではないのか)
  とおもい、調べてみたのだが、どうも関係はないようだった。
  話がややそれたが、環状線の線路を敷くさいに、軍事機密を保護するため、工場全体をみわたせる高架線路をとらず地上に敷いたのだという。
  地上を走ったまま、電車は大阪城公園駅についた。改札を出て公園内を歩き出した。

  大阪城(このばあい大坂城と書くのがただしい)は、豊臣秀吉が巨額を投じてきずいた、当時、日本最大の城郭であった。
  斉明日王(解説者註:これまでとくに註を施さなかったが、原文を尊重して、天皇は「日王」、皇子は「王子」のままとする)から秀吉、さらには清日、露日戦争と、韓半島を侵略する兵は、みんなこの地を出発した。ぎゃくに文明はつねにこの地についた。平和と文明を運ぶみちをさかのぼって残虐な侵略の進撃路にしてしまう倭人のむごさをふとおもった。

  大阪城は侵略のシンボルであり、大村益次郎が砲兵工廠を置いたのも、第四師団司令部や第八・第三十七連隊が置かれたのも、秀吉にあやかってのことであろう。
  殿波さんのいうには、
「またも負けたか八連隊」
  とやゆされた第八連隊の弱卒の性根をたたきなおすために、兵たちは重装備のまま大阪郊外の長居までのマラソンを義務づけられたという。
  太平洋戦争中には、出征中の夫の武運を祈るため妻たちがそのマラソンをおこない、これが大阪国際女子マラソンのもとになったという。
「わざわざ冬の一番寒い時期にやるんは、強靭な精神を注入するっちゅう軍国主義の名残なんですわ」
  殿波さんはそういいきった。

  現在の大阪城は戦後の再建である。
  秀吉のたてた城郭は大坂の陣で焼け落ちた。そのさいに壬辰倭乱で強制連行された韓民族についての記録も焼けてしまったという。
  徳川家康は秀吉が蒐集した名刀の回収と修復を命じた。焼け跡は踏み荒らされ記録の残骸はあとかたもなく消えた。ペンより剣を重んじるという倭人の文化意識の低さがうかがえる。
  朝鮮通信使が、このまちの偉容をたたえつつも、倭人をいやしんだのもむりのないことである。
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