斜め上の雲 95
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/10 14:22 投稿番号: [1908 / 2847]
VANKは海外に韓国の情報をつたえるものとして設立されたというが、たちまちその目的は変質した。
韓国についてまちがった情報や表記をしている団体や企業などに対して、その誤りをただすため大量のメール爆弾を送りつけるというサイバーテロ集団となったのである。
むろん、それらのまちがった情報、表記とされたものの多くは、かれらの主観的判断によるものであり、かれらの信じる韓国の視点に依拠した価値観や歴史観とことなるものをすべてまちがいであると決めつけ手段をえらばず容赦なく攻撃した。
かれら自身は、
「全面的なサイバー大戦をおこなって歪曲をただす」
と公言しており、その攻撃をうけた団体、企業は機能を麻痺させ、文字どおり戦争被害をうけたのも同然となった。そのなかでもとくに日本に関係する企業や団体は目のかたきにされた。
世実はこのなりゆきに満足していた。
「歴史を歪曲する日本を懲らしめ、世界に正しい歴史をおしえてやるのだ」
そう信じていたかれにとって、二〇〇〇年十一月、朗報が舞いこんだ。
藤村新一による旧石器時代遺物捏造事件である。
「やはり、日本は歴史を捏造するやつらなのだ。教科書もそうだし、この石器もそうだ」
倭奴の恥ずべき愚行があきらかになった、とかれは誇らしげにマスコミやネット上で日本の歴史歪曲体質を批判する言説を発表しつづけた。ちょうど「新しい歴史教科書をつくる会」が話題になっていたこともあって、両者を日本の捏造歪曲体質の象徴としてあげることはとくにさかんになっていたのである。
だが、韓国にも似た事件があったことはきれいに忘れられている。九五年に発覚した「国宝二七四号事件」である。
九二年八月、海軍の忠武公海戦遺跡発掘団は、対馬海峡の閉山島沖の海底から壬辰倭乱のとき朝鮮水軍の亀甲船に装着されていた小型曲射砲を発見し引きあげた。
この別黄字銃筒は、砲身に「亀艦」「万暦丙甲」と刻まれていたため、一五九八年に鋳造され亀甲船に装着されたことが判明した。また、
「亀艦黄字驚敵船
一射敵船必水葬」
という七言絶句もきざまれていた。
翌月、この砲は国宝二七四号に指定された。
それから三年後の九五年六月、おもわぬところからこの国宝について疑惑がもちあがった。
遺跡発掘団団長であった黄東煥海軍大領(大佐)の収賄事件がその発端となった。かれは、民間人の立ち入りが禁止されている発掘調査海域で魚介類の採集ができるよう民間業者に便宜をはかり、四千四百万ウォンをうけとったというのである。
戦史遺跡の調査関係者の不祥事、しかも忠武公李舜臣にかかわる問題ということで、軍はとくにこれを重視して査閲委員会を設置し、韓国軍随一の歴史家である金錫元陸軍中将を特別に査閲委員長に任命した。
韓国についてまちがった情報や表記をしている団体や企業などに対して、その誤りをただすため大量のメール爆弾を送りつけるというサイバーテロ集団となったのである。
むろん、それらのまちがった情報、表記とされたものの多くは、かれらの主観的判断によるものであり、かれらの信じる韓国の視点に依拠した価値観や歴史観とことなるものをすべてまちがいであると決めつけ手段をえらばず容赦なく攻撃した。
かれら自身は、
「全面的なサイバー大戦をおこなって歪曲をただす」
と公言しており、その攻撃をうけた団体、企業は機能を麻痺させ、文字どおり戦争被害をうけたのも同然となった。そのなかでもとくに日本に関係する企業や団体は目のかたきにされた。
世実はこのなりゆきに満足していた。
「歴史を歪曲する日本を懲らしめ、世界に正しい歴史をおしえてやるのだ」
そう信じていたかれにとって、二〇〇〇年十一月、朗報が舞いこんだ。
藤村新一による旧石器時代遺物捏造事件である。
「やはり、日本は歴史を捏造するやつらなのだ。教科書もそうだし、この石器もそうだ」
倭奴の恥ずべき愚行があきらかになった、とかれは誇らしげにマスコミやネット上で日本の歴史歪曲体質を批判する言説を発表しつづけた。ちょうど「新しい歴史教科書をつくる会」が話題になっていたこともあって、両者を日本の捏造歪曲体質の象徴としてあげることはとくにさかんになっていたのである。
だが、韓国にも似た事件があったことはきれいに忘れられている。九五年に発覚した「国宝二七四号事件」である。
九二年八月、海軍の忠武公海戦遺跡発掘団は、対馬海峡の閉山島沖の海底から壬辰倭乱のとき朝鮮水軍の亀甲船に装着されていた小型曲射砲を発見し引きあげた。
この別黄字銃筒は、砲身に「亀艦」「万暦丙甲」と刻まれていたため、一五九八年に鋳造され亀甲船に装着されたことが判明した。また、
「亀艦黄字驚敵船
一射敵船必水葬」
という七言絶句もきざまれていた。
翌月、この砲は国宝二七四号に指定された。
それから三年後の九五年六月、おもわぬところからこの国宝について疑惑がもちあがった。
遺跡発掘団団長であった黄東煥海軍大領(大佐)の収賄事件がその発端となった。かれは、民間人の立ち入りが禁止されている発掘調査海域で魚介類の採集ができるよう民間業者に便宜をはかり、四千四百万ウォンをうけとったというのである。
戦史遺跡の調査関係者の不祥事、しかも忠武公李舜臣にかかわる問題ということで、軍はとくにこれを重視して査閲委員会を設置し、韓国軍随一の歴史家である金錫元陸軍中将を特別に査閲委員長に任命した。
これは メッセージ 1886 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1908.html