朝鮮を笑う

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斜め上の雲 96

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/14 22:27 投稿番号: [1909 / 2847]
  当初はただの収賄事件かと思われたが、錫元は発掘団の資料を調べるうちに発掘成果じたいに疑問をいだくようになった。
「この別黄字銃筒はにせものではないのだろうか」
  じつを言えば、かれは発見されたときからうたがわしくおもっていた。
「砲身に七言絶句をきざむという習慣はあったのだろうか」
  砲身に製造年や製造番号、配属軍営名をきざむのは当然である。また、この時代、とくに支那では絶大な威力をほこる火炮に将軍の称号をさずけ、それを砲身にきざんだという例は多くあるものの、七言絶句をきざむような例はみたことがない。

  だいたい、
「七言絶句がさまになっていない」
  ともおもった。基本的なことをつっこめば、七言絶句は起承転結の四句からなっている。通常二句だけを刻むはずがない。
  起承あるいは転結の二句だけをとったとしても、内容、表現ともに稚拙であり、とうてい詩の体をなしていない。敵船ということばを重複して使っていることもきわめてぶかっこうである。
(いずれにせよ、これはかなり怪しい)
  そう考えた錫元は黄東煥海軍大領を追求した。小一時間ほど問いつめたところで黄はついに白状した。
「銃筒は引きあげたものではなく、骨董商から五百万ウォンで買ったものです」
  申休哲という骨董商から購入して、発掘調査中であった九二年の八月十日調査海域に沈め、十八日に発見して引きあげたという。
  黄は八九年に海戦遺跡発掘団長に任命され三年間調査をおこなったものの、なんの成果もあげることができず、発掘団の解体を主張する声があがったことに悩んだのが動機であったといった。

  錫元は、ただちに申休哲を拘束して事情聴取をおこなった。
「趙成都教授にたのまれて調達しました。ほんらいは海底ではなく陸上の陣地跡から発掘されたものです」
  申はそういった。趙成都は海軍士官学校の教授であり、海軍士官学校博物館長と文化財専門委員をも兼任する碩学として知られていた。壬辰倭乱研究の最高権威であったためこの砲の鑑定にも参加していたのである。
  この砲は引きあげたわずか四日後に、文化財委員会第二分科会においてたった三十分たらずの鑑定によって国宝指定を議決されていた。趙が首謀者であるならば、発覚をおそれて鑑定を短時間にとどめ、すみやかに議決をしたという疑いはじゅうぶん成立する。

  だが錫元はこれを信用しなかった。発見場所が海であろうと陸であろうと、さきにのべたように、この砲の銘文の形式はあきらかにおかしいのである。
(死人に口なし、というが)
  趙成都教授は発掘の翌年の九三年に死去している。申は死者にすべてを押しつけてしまおうとしているのではないか。
  かれは、銃筒の分析をすすめさせるいっぽうで、黄と申をさらに追求した。
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