朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 72

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/05 01:53 投稿番号: [1701 / 2847]
>この経済発展そのものが奇蹟であるが、それをなし遂げた国民のほうがむしろ奇蹟であった。

元ネタは3巻「権兵衛のこと」、三国干渉後の狂気じみたかのような日本海軍の増強計画です。以下原文。

≫この戦争準備の大予算(日露戦争までつづくのだが)そのものが奇蹟であるが、それに耐えた国民のほうがむしろ奇蹟であった。
  ひとつは、日本人は貧困になれていた。この当時、こどもは都会地の一部をのぞいては靴をはく習慣もない。手製のわら草履かはだしであり、雪国の冬のはきものはわら靴で、これも手製である。こどもだけでなく、田舎ではおとなもほぼそうであった。
  その上、封建的な律儀さがまだつづいており、ひとびとは自分の欲望の主張をできるだけひかえめにすることを美徳としており、個我の尊重というような思想は、わずかに東京の一部のサロンで論じられている程度である。
  他にもいろいろ要素があるが、一国を戦争機械のようにしてしまうという点で、これほど都合のいい歴史時代はなかった。

≫一つの時代がすぎ去るというのは、その時代を構築していた諸条件が消えるということであろう。消えてしまえば、過ぎさった時代への理解というのは、後の世の者にとっては同時代の外国に対する理解よりもむずかしい。
(中略)
  この当時の日本人が、どれほどロシア帝国を憎んだかは、この当時にもどって生きねばわからないところがある。臥薪嘗胆は流行語ではなく、すでに時代のエネルギーにまでなっていた。

>しかし、経済はそれだけでは発展しない。たねとなる資金が必要であった。
  そのため、ベトナム派兵や西ドイツ、中東への労働者派遣、ついには妓生(キーセン)観光によって外貨をかせごうとしたことはひろく知られているが、その多くが日本からの経済援助によっていたことは、のちの世においてもじゅうぶん理解されているとはいいがたい。

ま、あと半万年は理解しない、もしくは理解したくないのでしょうな。そう思ったりもします。
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